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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第三章『敵と味方』
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第二十七話『正義のヒーロー』―4




◆◇◆◇




 爽やかな朝だった。

 高積雲(こうせきうん)が広がってはいるものの、太陽は明るく、空気も澄んでいる。


 翔たちが通っている山相学園(さんそうがくえん)では、朝の活動をしている運動部や同好会の掛け声が賑やかだ。

 金属バットにボールの当たる音を窓ガラス越しに聞きながら――息を切らせて、机に突っ伏している少年が一人。

 頭から伸びている一本の毛束が、今はぐったりと机にヘタっている。


「潤……俺を、殺す気なのかな……」

「お前、時間制限を一時間も貰っといて文句言うなよ」


 液体のように机に貼り付いている翔の横には、拓人が呆れ顔で立っている。


 “徒歩で一限目までにクラスの席に着く事”というのが、潤が課した訓練内容のひとつだ。

 いつもはふた駅分だけ電車に乗って来るのだが、今日は十キロメートルの距離を、走って登校していた。勿論、教科書や弁当などが入ったリュックを背負って。


 授業開始まであと五分。つまり、課題は無事にクリア出来たわけだ。


「拓人が、『遅すぎて逆に疲れる』、とか、言うから…………。はっ! 拓人も俺を殺す気なの!?」

「ちげーよ。遅すぎて逆に疲れるのは本当だけどな」


 うぅぅ、と唸って、翔は机に顎を乗せる。


「基礎体力が大切なのは分かるんだけど……。っていうか、何で拓人は息切れ一つしてないの? 疲れないお札とか持ってるの?」

「単純に、日頃の鍛練の差だろ」

「何それ。いつしてるの?」

「風呂の前に、翔ん()の道場に置かせてもらってるルームランナー使ったり、あとは……、って、もう授業始まるから行くわ。じゃあなー」


 退室した拓人と入れ違いで、光が入室してきた。光は通常通り電車を使って登校している。大方今まで、隣のクラスに居る友人と話でもしていたのだろう。


 光は机の横に鞄を掛けながら、机に引っ掛かっている翔の背中に声を掛けた。


「持久走登校一日目、お疲れ様」


 翔は卓上で上半身を滑らせて光の方を向くと「眠いから寝る」と一言返し、自分の腕を枕にして寝始めた。

 そして、一限目担当の教師が入室してきたと同時に注意され、渋々瞼を持ち上げた。




 チャイムが鳴ると、数人の生徒が猛ダッシュで教室から飛び出した。昼だ。学食は数が限られているので、毎日争奪戦となる。近くにコンビニもあるのだが、安くて美味い学食は人気が高い。


 翔は光や(かい)と連れだって、隣の教室へ向かった。翔はそこで光と分かれ、拓人や(けい)と合流。中庭へと向かった。


「ねぇ、景。潤って蛇じゃなくて、鬼なんじゃない?」


 弁当の蓋を開けながら、翔は隣に座っている景に、半眼で訊いた。


 中庭には、テーブルとベンチ席がセットになった場所が点在している。その一角で、この男たち四人は弁当を(つつ)いているわけだ。


「そうですか? 確かに潤さんは一見、厳しそうに見えますけど……」

「いや。噂で聞いてたよりずっと優しい。っつーか、ちゃんと翔が出来るか出来ないかっていう、ギリギリの課題を出してくるからスゲーわ」


 拓人の反論に、翔は頬を膨らませた。

 翔の向かいに座っている界は、何の話ー? と、太い眉を寄せている。


「翔の実技家庭教師の話。すっげー美人だぞ」

「えっホントに!?」

「男だけどね」


 体を乗り出した界に景が指摘すると界は、なーんだ、と元の位置へ戻り、唐揚げを口へ放り込んだ。


「でも、潤さんを初めて見た時の光さんの怒りようは、凄かったな」


 思い出し笑いを浮かべる拓人に、そうなんだ? と興味を示したのは景だった。


「『家庭教師が女だなんて、聞いてない』ってな。あぁいう怒り方を見ると、カワイイなーって思うな」

「拓人。翔さんが凄い顔をしてるよ」


 翔が、眉間や鼻根部に皺を寄せまくって拓人を睨んでいる。物凄い剣幕なものだから、拓人はたまらず吹き出した。


「別に、光さんを横取りとかしねーから安心しろって」

「違うよ拓人。光はいつだって可愛いんだよ」

「…………。あ、あー……うん。そーだな……。カワイーカワイー」


 拓人はテキトーに言い逃れるが、翔は満足そうに、そうだよ、と頷きながら卵焼きを口へ運んだ。


 界は、翔はホントに光ちゃんの事が好きだよねー、と八重歯を覗かせて笑っている。


 チチ、チチチ。


 少々しゃがれた声が、頭上から降ってきた。翔のマネージャーである、百舌鳥の寒太だ。


 今の声、翔にはこう聞こえている。


『おい、翔。呑気に飯食ってっけど、西の奴等がザワついてんぞ』

「それ、俺に関係あるの?」


 首を傾げる翔の肩にとまった寒太は、同じように首を傾けた。頭の毛束が、みょんっと跳ねる。


『あんま、いい気がしねーんだわ』

「ふぅん。……あ、なんか、カッコイイやつ?」

『は? あぁ、ニュースに出てたカマキリ野郎みたいなヤツって事か? 知らね。まぁ、何か分かったら伝えるなー』


 言い渡すと、寒太は飛び去っていった。


「なんかね、西からよくない感じがするんだって」


 簡潔に翻訳すると、翔は再び弁当を(つつ)き始めた。次はどれを食べようかと考えているらしく、箸が行ったり来たりしている。


「カマキリのやつみたいにカッコイイのが来るのかな」

「カマキリって、福岡の高校に居たヤツ? まっさかー。だって、九州ってすごく遠いんでしょ?」


 ところで九州と四国ってどっちが遠いんだっけ? と頭を横に倒す界に、九州だよ、と律儀に答える景。


「SNSで見た動画のカマキリ男の跳躍力は、なかなかだったし……飛行出来る生物との合成ってなると、可能性はゼロじゃねぇかもなぁー……」


 拓人は、翔と同じ内容の弁当に箸をおろしながら呟いた。


「アサギマダラは、一日で二六〇キロくらい移動するらしいよ。体の大きさは十センチくらいだっけ」

「っつー事は、身長比を出して人間サイズで一〇〇〇キロくらいの距離を移動するとなると……」

「アサギマダラが使われてるとは思えないけど、もうとっくにこっちに来てるよね」


 翔と界は話についていけず、顔を見合せてお互い首を傾げ合っている。


「ま、狙われるとなると、本部だろ。個人の家はデータに記録してねぇ筈だし」

「本部なら、いつも(しゅう)が居るから大丈夫だね」


 翔はもうこの話題に飽きたのか、向かいの界と“カッコイイ昆虫”について話し始めた。




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