第二十七話『正義のヒーロー』―2
ユウヤは携帯電話の画面を、全員に見えるように動かした。
《自化会》の協力者――と言われた者からのメールには、《自化会》の会員が多く通っている私立高校の名前が明記されている。本来なら、尚巳も現在通っている筈の高校だ。
小中高一貫校ではあるが、中学時代に第一志望で書いた高等学校の名前を眺める。今の尚巳には特別、何の感情も湧いてはこなかった。
まだ下に文章が続いているように見えるが、ユウヤは携帯電話を持ったまま手を上へ突き上げた。
「っつーわけで、俺の一押しキメラたちを送り込むんだぜ!」
「え、もうそんなに成功してるの?」
イツキは、普段ニコニコと細めている目を開いた。
その驚きを、成功に対する喜びから来るものだと感じ取ったユウヤは、嬉しそうに両手を広げてから、携帯電話の画像フォルダを見せる。得意気にふんぞり返って。
携帯の画面には、蜂のような女や蛾のような男や、蜘蛛のような女が映っている。
(あ、フリーク・ショーの画像で見た蜘蛛女みたいだな。特撮の悪役感が凄いや。それにしても、何で昆虫との合成人間ばかりなんだろ)
画像を横目で見た尚巳がそんな事を考えていると、イツキがユウヤに訊ねた。
「凄いね。ところで、何で昆虫との合成人間ばかりなんだい?」
「よく分かんねーんだけど、動物は思考が少し複雑だから失敗しやすいのかな……って。自我があるもの同士だと、反発しあう……みたいな?」
だから昆虫使ってんだけど、と首を捻るユウヤに、イツキはいつもの柔和な笑みを向けた。
「そうか。ユウは研究熱心だね」
「俺ってば天才ー! 兄貴に並ぶくらいの能力を持ったキメラを造ってみせるぜ!」
「うんうん。頑張れ。応援してるよ」
イツキはユウヤのやる気を持ち上げつつ、ところで、と再び話を持ち掛けた。マヒルにも携帯画面を見せていたユウヤが、なに? と首から上だけイツキへ向ける。
「ユウのキメラはいつ、その高校へ送るんだい?」
「ん? ちょっと前に送り出したから、そろそろ到着するかな? 今回は飛べるヤツばっかり選んでみたんだ!」
約一〇〇〇キロメートルの道のりを飛びきる程の持久力を備えた者たちなのか、はたまたそこまで考えていないのか――ユウヤは自信たっぷりに胸を張っている。
ユウヤの言う“ちょっと前”がいつなのかは不明だが、《天神と虎》のある福岡から《自化会》のある神奈川までは、飛行機で通過しても一時間半ほどは掛かる。
例え、昆虫を人間サイズにしたと仮定して計算をしても、速度は新幹線程しか出ない筈だ。となれば、五時間は掛かる。
天候にも左右される事を考えれば、更に猶予があるかもしれない。
出来る事なら、今すぐにでも《自化会》なり《P・Co》なりに連絡を取りたいところだが――ユウヤはまだここに居座るようだ。四天王が座っている側に回り、椅子に座っている。
角豚は机の上で寝転がり、鼻で天井を仰ぎ、あくびをすると、頭を下ろして昼寝を始めた。
「っつーかさぁー。ミコトねーちゃんの代わりをそいつが務めるって事は、そいつがピンクになるって事だよな?」
戦隊もののピンクは、女の子って相場が決まってんじゃん? と、ユウヤが脚を組む。
「おれはピンク好きなんで気にしませんよ」
尚巳は本当の事を言ったのだが、ユウヤは、そーじゃないんだよなぁー、と頭を掻いた。
「ほら。俺らって、正義のヒーローじゃん? 戦隊ヒーローの色には、やっぱ役割があんじゃん?」
ん?
尚巳は自分の耳を疑った。聞き間違いだろうか。いや、耳は結構いい方だ。それに、はっきりと聞こえた。
(今、『正義のヒーロー』って言ったよな……?)
《天神と虎》は悪の秘密結社的な立ち位置として動いているのだと思い込んでいた尚巳は、面食らって思考が三歩ほど遅れてしまっている。
「まぁねー。でも、わたしたちヒーローの仕事は、そこらに蔓延る地下組織を根絶やしにする事だからね。ユウ君は戦隊カラーに拘るよねー」
ミコトは大きく頷いてから、少し呆れたように頬杖をついた。
話が違う。
尚巳は、今まで報告されていた情報を記憶から掘り出した。《天神と虎》は、周りの組織を潰したり、傘下に加えたりしている筈だ。“根絶やし”とはニュアンスが違う。
尚巳は、はた、と決起集会の様子も思い起こした。体育館中にひしめいていた人々。ただ、今思えば、《天神と虎》に吸収されたであろう組織の人間が見当たらなかった。
疎らになって大衆に紛れていたとしても、同業者ならば雰囲気で何となく分かる。情報では、数十人は《天神と虎》の内部に居る筈だ。だが、居なかった。
どうした事かと尚巳が考え込んでいると、ユウヤは角豚の頭を撫でながら笑った。
「兄貴が連れて来たにーちゃん。好きな生き物はなんだ?」
嫌な予感しかしない。
脊髄を撫でられるような感覚を感じつつ、尚巳はぎこちない笑顔を作った。
ユウヤの質問の真意など知りたくもないが、つまり――、
(ユウヤ、おれと昆虫のキメラを造るつもりかー……。マズイなー。自我とか残るのかなー……。訳も分からず暴れまわるのとかヤだなー……)
あーあ、死んどきゃよかった。と、尚巳は今更ながら、自害に失敗した事を悔やんだ。
(あー、でもまぁ、カマキリのおっさんは普通に喋ってたし、自我は残るのかな?)
そんな感じで、前向きな思考に切り替える辺りが尚巳だ。後の事はあまり考えない。ケ・セラ・セラの精神で、ユウヤに笑顔を向ける。
「好きな生き物ですか? そうですね、百獣の王って言われてるし、ライオンとかカッコよくて好きですね」
取り敢えず、すぐに用意出来ないであろう動物名を適当に挙げてみる。
嘘ではない。一番好きな動物がライオンかと問われれば、答えは違う。だが『好きな生き物は?』と訊かれたのだから、間違いではない。
角豚の角が光っていない事に安堵しつつ、尚巳はユウヤの言葉を待った。
そして、口を開いたユウヤの言葉は、
「いーねー! 気が合うな、にーちゃん! 俺も好きだぜ、ライオン! かっけーよな!」
と、予想に反してご機嫌なものだった。
本当に、内容のない興味本意な質問だったのかと尚巳が脱力していると、ユウヤは角豚の頭を撫でながら言った。
「ライオンは無理だけど、猫くらいならイケるかな!」
脱力しきっていた尚巳の体を強張らせるには充分な、パワーワードが飛び出した。
“猫くらいならイケるかな”――?
それはつまり、先程考えるのを放棄した……。
「ライオンはすぐに手に入らねーから、猫でやってみようぜ!」
にーちゃんは黒髪だから、黒猫がいいな! と大きな独り言を発しているユウヤに、イツキが遂に訊いた。
何をだい? と。
ユウヤは、イツキの隣に立っている尚巳を指差した。
「そこのにーちゃんと、猫のキメラを造るんだ!」




