第二十六話『側近の側近』―5
◆◇◆◇
尚巳は荷物をまとめていた。皆に紹介するからには、きちんとした部屋も用意しなきゃね。とイツキに言われ、新しく宛がわれた部屋へ移る為だ。
尚巳としては、地下牢の方が気が楽だし、何よりユウヤの動向が分かるので移りたくはなかったのだが……。怪しまれてはいけないし、他の団員たちの動きも気になるので同意した。
だがその前に、寄るところがあるから、と連れてこられたのが――、
「イツキ、誰だ? そいつ」
《天神と虎》の幹部会議だ。
マヒルとイツキと尚巳は、前にある教卓付近に立っている。向かいには、赤、青、黄、ピンク色のオーバーオールを着た人物たちが席に座っていた。
マヒルは大きな棒付きの飴を舐めながら、イツキと尚巳を交互に見上げている。
こうやって見ると、本当に小さいな。と尚巳はマヒルを見下ろした。
すると、マヒルは尚巳の目線の高さにまで浮き上がった。飴を口から離し、頬を膨らませて。
「今、私の事チビだって思っただろ!」
一瞬、マヒルも読心が出来るのかとドキッとした尚巳だが「すみません。マヒル様がかわいいもので、つい見てしまいました」と言うと、マヒルはペロリと飴を舐めた。
「ふふふ。みんなそう言うんだ」
とマヒルが満足そうなので、尚巳は内心胸を撫で下ろした。それと同時に「この人、お菓子メーカーのキャラクターに似てるな。あの、オーバーオール着てる女の子」とも思った。
マヒルはニコニコ笑いながら、教卓に腰を下ろし、ペロペロと飴を舐めている。
マヒルは、太っているわけではないが、ふくよかな頬をしている。化粧っ気のない顔は、程よく日に焼け、頬も程よい紅色をしている。
加えて、コロコロ変わる表情。
(確かに、この“孫感”はなかなか憎めないな……)
尚巳が、小さな子どもを眺めているような錯覚に陥っていると、イツキが場に居る皆に言った。
「彼は、鈴村尚巳君。四天王に推薦したくて、連れてきたんだ」
誰も声は発していないが、場の空気がザワついた。
そりゃそうだよな、四天王、四人揃ってるもんな。と尚巳が皆の様子を眺めていると、マヒルが飴を口から離して言った。
「イツキー。それじゃ“五天王”になっちまうぞ」
本気なのか冗談なのか――恐らく前者だ――マヒルは、柔らかそうな上唇を突き出した。
「ボス、誰か一人クビになるって事だと思うよー」
笑い混じりで意見したのは、ピンク色のオーバーオールを着た女だ。
毛先だけ色が違う、くるくるフワフワしたツインテール。マヒルとは対照的に、ガッツリメイクの“今風”――平成十年代後半――な女。密度の高い付けまつ毛の奥に、ブラウンの大きな瞳が鎮座している。虹彩が大きく縁取りされた、カラーコンタクトレンズだろう。
《天神と虎》の四天王の証であるピンク色のオーバーオールの胸元では、数個の缶バッジが更なる彩りを添えている。
「マジか!」
音より速くイツキに顔面を向けたマヒルに、イツキは苦笑いで、そうだよ、と答えた。
途端に、マヒルの顔は哀愁に満ちてゆく。そして、その顔を青いオーバーオールを着た男へ向けた。
「シンジ、お前、クビだってよ」
「ボクぅううう!? えっ!? ちょ、誰か何とか言ってよ!」
自分を指差し、周りをキョロキョロ見回す“シンジ”に、捨てるように投げられたのは、「まぁ、アンタ以外居ないわよね」という、ピンク女からの言葉だった。
「何で!? ボク、この中ではかなり資金集めに貢献しているよ!?」
「いやぁー、言うて、“四天王”ってのは稼ぎで決まっとるんやないけんな。強くてなんぼやけん」
ピンクに同意しているらしい赤いオーバーオールの男は、腕を組んで机に足を乗せている。
「だよな! 弱かったら、役不足だよな!」
豪快に笑っている黄色のオーバーオールを着た男に、ピンクの女は呆れ顔だ。
「ゴロウ、それを言うなら『力不足』だよ。役不足っていうのは、役割が簡単すぎるって意味でしょ」
「そうなのか! ミコトは物知りだな!」
「いや、ジョーシキでしょ」
半眼で嘆息するピンクに対し、黄色は全てを吹き飛ばすように笑って見せた。
「アキト、シンジは別に、弱いわけじゃないよ」
イツキのフォローに、シンジは瞳を輝かせて、流石はイツキ様! と、何故か右腕をイツキに向かって伸ばした。
「今度、ボクのサイン入りブロマイドをあげ――」
「で、四天王を抜けて貰う人なんだけどね」
シンジの台詞を完全に両断する形で、イツキは話題を戻す。
「ミコト。お願い出来るかな?」
にこやかな笑顔のまま、イツキはピンクのオーバーオールに首を傾げて見せた。
マヒルとミコトの、悲鳴にも似た驚愕を孕んだ叫び声が室内に響き、尚巳は少しだけ、顔を歪めた。




