第二十六話『側近の側近』―3
タブレットの画面が、発信中のものから切り替わった。通話相手の顔が映し出される。
凌だ。グレーのジャケットに、青いネクタイをしている。凌の後ろに写り込んでいる壁や扉は、《P×P》の事務所――所長室のものだ。
尚巳は、そういや今日は木曜日か、と少し口元を引き攣らせた。《P×P》は出勤日だ。言わずもがな、尚巳の穴は凌が埋めるはめになっている。
凌は画面に映るなり、へぇえー、と画面を覗き込む仕草を見せた。整った顔を少々歪めて。
『生きてたんだな。てっきり、合成生物の材料にでもされたかと思ってた』
冷ややかな言葉とは裏腹に、凌の表情は“冗談で言っている”という事が一目で分かるくらいには、ニヤけている。
「悪いなー。凌の厳罰中に、おれが福岡長期滞在になって」
“厳罰中”を強調された凌は、うっせーよ、と眉を寄せた。
『ったく、お陰で営業の仕事にも追われて、オレは疲労困憊だっつーの』
などという愚痴を一頻り聞き、尚巳は本題へ移った。少し目が泳いでいる。
「凌、あのさ。……拓人の電話番号知らないか?」
拓人の名前が出たと同時に、凌の目は半分に細められ、口角は片方だけ吊り上げられた。散髪後に散々笑った仕返しだとでも言うように、なんとも意地の悪い顔だ。
『教えてもいいけど、拓人、めっちゃ怒ってたぞ』
「あああ……おれが呪い殺されたら、後は頼む……」
『いや、そんな事はねぇと思うけど』
拓人泣いてたからなぁ……、という凌の呟きが耳に届き、尚巳は目をしばたたせた。
「それは、悪い事したなぁ……。生きて帰ったら、ちゃんと謝んなきゃな」
憂いの空気を纏っている尚巳に、凌は相変わらずの半眼だ。
『お前、それ死亡フラグってヤツじゃね?』
「だから、おれが死んだら後頼むって」
『いや、そこは自分で謝れよ! っつーかその台詞、一週間前にオレが言ったヤツ!』
「いやいや。おれは全部言わせなかったからな」
あぁーもう……、と画面の向こうでは凌が額を押さえて項垂れている。
『はいはい。オレはお客さんのトコ行かなきゃなんねーから、番号はショートメールで送るわ』
じゃあな、と言い残して、凌は画面から消えた。
数秒して、凌からショートメールが届いた事を確認し、尚巳はタブレットをオーバーオールのポケットへしまった。
「仲がいいんだね」
とは、一連の会話を聞いていたイツキの台詞だ。
「言葉のナイフで何度か刺されましたけどね」
尚巳は肩を竦め、やれやれ、と溜め息を吐いた。
「おれは仲がいいつもりですよ。相手はどうだか知りませんけど」
「結構ドライな考え方だね」
誰とでも仲良く出来そうなのに、意外だなぁ。と言いながら、イツキはポテチを浮遊させ、口へ招く。
尚巳は、手が汚れなくて便利だな、と思った。
「おれはどこに行っても歓迎されないっていうか……出生もよく分からないんで。何故かそれだけで、存在を卑下する輩ってのはどこにでも居るんですよね」
今の職場にはそんな人いませんけど、と付け足し、尚巳もポテチを口へ数枚投げ入れる。
「でもまぁ、《自化会》にもかなり世話になったんですよ。自力じゃどうしようもない状態だったトコを拾って貰って、育てて貰って、学校にまで行かせて貰ったんで。更に、危うく殺されるトコで助け出して貰ったりして」
「いいの? そんな事まで喋っちゃって」
イツキは尚巳の、組織内での立場を懸念して訊いたのだが――反して尚巳は、きょとん、とイツキの言葉を聞いていた。
「いいんじゃないですか? おれの事だし」
そんな事より、と尚巳はイツキに向かって人差し指の先を向けた。
「イツキ様はいいんですか? 義理とはいえ、弟を殺そうだなんて。っていうか、マヒル様にも恨まれるんじゃないですか? マヒル様とユウヤ君は仲いいんでしょ?」
分かってはいるけれど仕方がないのだと言うふうに、そうなんだよね、とイツキは首を縮めて、眉を下げた。




