第二話『召集』―4
千晶と別れ臣弥が次に向かったのは、《自化会》の息がかかった小中高一貫校に併設する、養護学校だ。
ここに、《SS級》最後の一人が居る。
千晶が散々叫んでいた『寿君』こと、寿途だ。
何故彼がここに居るかというと、大雑把に言い表せば“発達障害”の為である。
寿途は、所謂“捨て子”だ。
両親が渇望し、生まれてきて……生後一ヶ月に満たない頃に捨てられた。
その過程を、臣弥は見てきた。
事の始まりは、約十七年前。
式神を使った遺伝子操作で翔を生んだ事。
その事実は勿論抹消されているが、出るところには出るもので。
その噂を聞いたある夫婦が、臣弥を訪ねてきた。
三十代の夫婦だったと記憶している。
記録には残っていない。否、残していない。
夫婦は、子どもの望めない体質だった。
しかし「どうしても子どもが欲しい」と、繰り返し訴えた。
結果、臣弥が折れる事となる。
臣弥は、夫婦に翔の症例や対処法などをマニュアル化して、夫婦に細かく教え込んだ。
そして十二天将である“六合”の遺伝子を組み込んだ、人工授精を行った。
こうして生まれたのが、寿途だ。
泣き声ひとつ上げない赤ん坊だったが、夫婦はたいそう喜んだ。
生まれたその時は。
先に記した通り、泣かないのだ。
それが、この方法で生まれた子どもの特徴だった。
それは、この夫婦も重々承知していた。
ただ、認識が甘かった。
結局、寿途の両親はひと月も経たずに、根を上げた。
ひと悶着あった後、寿途は臣弥の養子になり、夫婦は姿を消した。
後の調査で、適当な養子を取って育てているらしい。
跡取りが欲しかっただけで、つまり血が繋がっている事は重要ではなく、『誰でもよかった』のだろう。
臣弥は室内を見回した。
カラフルに塗られた壁には、動物たちの切り絵が貼られている。
教室の前には、今月誕生日のクラスメイトの名前が数人並んでいた。
そこに寿途の名は無いが、黒板の『日直』と書かれた下に名前があった。
並んだ机の一番前に、少しキツめのくせ毛の後ろ姿が見えた。
くせ毛が揺れて顔が後ろを振り向く。
「お父さん……来てたの」
真っ黒い髪に、同じように黒い瞳。
顔立ちは整っているが、例えるなら“陶磁器人形”。
肌は白く、無表情。
寿途は、日直が書くように定められている日誌をたたんで、立ち上がった。
「珍しい……何か、あった?」
小首を傾げる寿途の頭を臣弥が撫でる。
ほんの少し、寿途の表情が和らいだ。
「今週の金曜日の夜七時から、会議をするんです。迎えを寄越すので、寿途くんも来てくださいね」
仕事の話と分かり、寿途が微かに不機嫌になった。
それを感じ取り、臣弥が付け加える。
「これを言うためだけに来たと思いました? これから、一緒に夕食に出かけましょう。何が食べたいですか?」
寿途の表情が、また少しだけ明るくなった。
そして、口を一文字にして、食べたいものを考えている。
緩やかだが、穏やかに成長している。
子どもは好きだが結婚をしていない臣弥にとって、こうして『我が子』の成長が垣間見えるのは、とても喜ばしいことだった。
寿途の口が開く。
「……子羊のロティ……ノルマンディー風……」
簡単に言うと、『林檎風味の、羊肉を糸で縛ってオーブンで焼いたもの』だ。
寿途は顔に似合わず、肉好きだ。
更に、臣弥が色々な店へ連れて行くので舌が肥えている。
「じゃあ、パンの美味しいフランス料理屋さんへ行きましょう」
首がもげそうな勢いで頷く寿途。
日誌を職員室へ届け、二人は夕食を求めて街へ繰り出した。
◆◇◆
「洋介くんにはもう知らせましたが、今週金曜夜七時から。第二会議室で《A~SS級》合同会議を行います」
深夜零時。
臣弥は、祝の部屋へ来ていた。
暗い部屋に、開きっぱなしのパソコンのディスプレイには『0』と『1』が、ずらっと並んでいる。
何をしているのか、臣弥にはよく分からない。
部屋の主は――くわえていた棒付きキャンディをデスクに落とした。
開いた口はそのままで「はぁ?」と、上がり調子に返す。
瞬きした目の下の隈は、先日よりも一層濃くなっていた。
少し間を置き、黒いピアスのついた口元を吊り上げ、落ちたキャンディをゴミ箱へ投げた。
「へぇ。《A級》まで出てくるんか。そら、えらい本気言うか……ヤケクソか。ま、おれはええんやけどな。でっかい組織相手に出来る思うたら楽しみやしな」
「まだそうと決まったわけではないですよ。あ、そうだ祝くん、金曜まで仕事は無いので、しっかりゆっくり休んでくださいね? 仕事を頼んでいてなんですが、何徹目ですか……」
「へ? まだ三徹目やけど? っつか、仕事無いって何でやの!?」
「『まだ』……? ちょっと鏡を見て自分で考えてください……」
米神を押さえて息を吐く。
臣弥はもうひとつ付け加えた。
「いくら若くても、過労死を侮っちゃいけませんよ」
祝が口を尖らせる。
目を泳がせながら、適当に返事をした。
臣弥は諭すことを諦めて、部屋から出ようと一度踵を返したが、また祝を振り返る。
「それと、この仕事の代金は明日、君の口座に入りますから。そのお金でどこかに遊びに出かけたらどうですか?」
若者らしく。気分転換に。
そういった意味を込めて、提案した。
「遊びに……」
祝が繰り返す。
何か思いついたのか、臣弥に向かって「会長、おーきに!」と手を振った。
臣弥はそれを背中で聞くと、片手をひらひら振って返事をし、そのまま部屋から出て行った。
「遊びに、な。金曜まではあと四日か……今日は一日寝て過ごして、そんで……」
椅子に思い切り背を預け、指を折りながらブツブツ独り言を呟く。
その顔は、いたずらを考えている子どものそれと同じだった。
臣弥が廊下へ出ると、零時を跨いだというのに、部屋から漏れる光がチラチラ見える。
各部屋の主の顔を思い浮かべながら歩いていると、角から人影が現れた。
洋介だ。
ロシア人と日本人のハーフである洋介は、暗がりでも少しの光で反射するほど肌が白い。
その肌の色と頭髪の色もそれを助けている。
そして、着ている服は白いワイシャツ――潜むのには、あまり向いていない。
「会長、朝の五時には出発できそうです」
「そうですか。くれぐれも気を付けて下さいね。君だけ仕事で申し訳ないです」
「いえ。これはこれで良い気分転換になりますよ。っと、遊びに行くわけではないですけどね」
不適切な言葉を訂正し、洋介は肩を竦めてみせる。
「君が楽しめる要素があれば、良いんですけどね。ともあれ、無理と無茶は厳禁ですよ」
「その点においては、他の面子よりは安心して貰って良いと思いますよ」
……そうですかねぇ。
臣弥は胸中で呟いた。
「これから仮眠をとって、出発します。出発前は挨拶せずに勝手に行きますんで」
「了承しました。疲れを出さないように。また金曜日にお会いしましょう。おやすみなさい」
「失礼します」
一礼し、洋介はすぐ近くの自室へ足を向けた。
臣弥はそれを見送り、自分も部屋へ向かって歩き出した。




