第二十五話『芹沢凌』―5
芹沢凌には、友達が居ない。
雅弥に拾われるずっと前に親交のあった友人たちとは、一切連絡を取っていない。街中で偶然遭遇したとしても、向こうは凌に気付かないだろう。凌も、話し掛けるつもりは毛頭ない。
仕事仲間は、勿論居る。
組んでいる尚巳を始め、事務所に所属している社員は、仲間意識が強い。喧嘩もするが、他愛もないものだ。凌自身、月イチくらいで喧嘩中に骨折をしているが、気にする程の事でもない。
骨折程度なら、天后の力を借りずとも自力で治せる。
本社の社員には、仲のよい関係にあたる人物が居ない。顔と名前と所属部署を覚えてはいるが、その程度だ。同期も居ない。
『俺と友達になってよ』
数日前、翔に言われて思ったのだ。そういえば、”友達“って懐かしい響きだな――と。
実は、友達になろうと言われたのも初めてだった。学校へ通っていた頃は、自然と”友達“が出来ていたからだ。
翔の事を嫌悪しつつも、どこか喜んでいた自分が居た事も事実。だがそれを認めたくない凌は、心中で頭を掻き毟った。
「《P・Co》は、組織基盤がしっかりしてるから働きやすいだろ」
唐突に仕事の話を振られ、凌は意識を現実に戻した。
拓人は、自分の銃を解体しながら話し掛けてきたのだが、凌の返事待ちで顔を上げた。
拓人と目が合い、凌は慌てて、そうだな、と返答した。
「情報管理と現場担当が分かれてるから、仕事しやすいかな……。仕事の割り振りも、得意分野とか考慮されてるし」
「オレ、他の組織の内部を知らなかったから、《自化会》がどんだけ粗末な組織かってのが、この数年でやっと分かったんだ」
あんな状態の翔を平気で使うくらいだからな、と言いながら、拓人は手元に視線を戻した。
凌は翔を横目で見た。自分の父親を跡形もなく消し去った人物。同時に、山も半分消し飛ばしている。しかも、その力を使いこなせていない。
《P・Co》ならば、翔を実践で使うなど有り得ない。凌は、拓人の言葉に対して胸中で大きく頷いた。
凌は、典型的なマニュアル人間でもある。教えられた事への対処は完璧にこなすが、不測の事態にめっぽう弱い。なので、翔が苦手だ。どう動くのか、予想出来ない。
だからこそ、そんな翔と組んでいる拓人を尊敬するのだろう。
「前も言ったけど、翔は別に、悪い奴じゃないんだ。考え方が極端なだけで。能力を制御出来ない奴を現場へ出す方が間違ってる。世間に出すのすら危険だ。自制が効かない焼夷弾みたいな奴だからな」
この事についても、凌は大きく頷くしかない。否定する点など微塵もない、事実だ。
「だからさ。今回、家庭教師が見つかって本当に良かったって思ってる。凌の親父さんは……悔やまれるけど……。翔の事、嫌うなってのも無理な話だろうし、同感はしなくていい。けど、理解はしてやってほしい……かな。まぁ、身勝手な話なんだけど」
「苦労はでかいと思うんだ」
凌の口を突いて出たのは、そんな言葉だった。翔を庇う気など、全くもって抱いていなかった凌自身が驚いている。
少し離れた場所で、婚約者と手を握り合って話している翔を眺めながら、凌は短く息を吐いた。
「普通と違うってのは、苦労するから……それを責める気は、ない」
凌は視線をスライドさせ、父親と組んで仕事をしていた深叉冴を見やった。十二天将である天后、天空と、何やら談笑している。
「オレの親父も、あまり家には帰って来なかった。実のトコ、遊んだ記憶も、あんまねぇんだ」
だからかな、翔を本気で怨みきれないのは。と、凌は胸中で自嘲気味に呟く。
拓人は、作業の手を止めていた。
「親の仇を討つっつー目標を掲げて、この業界に入ったからな。引っ込みつかなくなってたんだ。ぶっちゃけ、オレにとっちゃ親父が死んだ事より、その所為で母親が…………死んだ方が、ショックでかかったし」
ホント、親不孝者だよなぁー。と嘆息する凌の話に、拓人は黙って耳を傾けている。
「今思えば、親父は凄く優しかったんだ。自分の仕事が危険だから、息子のオレと距離を置いてたんだろうな。今なら、そう思う」
っつか、こんな事他人に話すの初めてだから、恥ずいわ! と突っ伏す凌に、拓人は一言、凌は親不孝者じゃねーよ、と告げて手元にある銃の手入れを再開した。
「親不孝者……か……」
重い息と共に吐き出された低い声は、頭を覆っている腕に阻まれ、凌の耳には届かなかった。




