第二十五話『芹沢凌』―4
凌は頭を振り、自分の考えを消し去ろうとした。その様子を見ていた拓人が一言、
「凌、ヘドバンの練習か?」
「オレはヴィジュアル系バンドじゃねぇ! そもそもヘドバンは縦に頭を振るんだよ――って、なんで拓人がこのネタ知ってんだ!?」
初対面の時、深叉冴に『ヴィジュアル系バンドでも組んでいるのか』と言われたが、拓人はその場に居なかったはずだ。
思わず全力でツッコミを入れてしまった凌は、またしても「やっちまった!」と思ったが、最早引っ込みもつかなくなってしまっていた。
「ネタって……。いや、常々、V系バンドのメンバーっぽいなと」
「違うぅ!!」
かくかくしかじかで白髪頭になった経緯を話すと、拓人は顔を伏せた。
「苦労したんだな。悪い……。ずっと、中二病的な感じかと思ってた……。……片目が隠れてるし……。いつになったら、封印されし左目を解放するのかと――」
「しねーから! 左目も極々普通の眼球だから!」
見てみろよ! と、いつも左目を隠している前髪を掴み上げると、拓人も眼を覗き込んで、ほんとだ、と納得した。
「あ、凌も左耳にピアス着けてんだなー。しかも二連って、もしかしてホスト――」
「違うから……」
グッタリとして言えば、拓人は苦笑して「悪い悪い」と凌の肩を叩いた。
「オレらの先生、訓練中に課題が出来なかったら、耳に穴開けるんだ。今後の自分への戒めの意味も込めて、穴は塞がねーの」
拓人は物珍しそうに、凌の話を聞いている。他の組織の訓練事情など一切知らない拓人にとっては、興味深いようだ。
「っつーかさ、拓人も左耳にピアスしてるだろ?」
「え……まぁ……。そう、だな」
突然自分に話の矛先を向けられたからか、口篭る拓人だったが、困ったように笑って言った。
「ホモと間違われるのには参るよな」
「ホントだよな! オレなんて、女の人が苦手だから余計ぃ――ッごふぅッ!?」
翔や光や深叉冴と話し込んでいた天后が、凌の体に強烈タックルを喰らわせた。その衝撃で、凌の魂的な何かが口から頭を出している。
顔面蒼白でぐったりしている凌を全力で抱きしめ、天后は拓人に向かって言った。
「凌ってば女の子にモテるのに、女アレルギーだなんて勿体ないと思わなぁーい?」
「女アレルギーじゃねーっつの!」
魂的な何かを呑み込み、復活を果たした凌が天后を押し退けようとした――が、やはりびくともしない。
天后に振り回される凌を黙って眺めていた拓人だったが、そうだ、と手を叩いた。
「天空」
呼ぶと、床から髑髏が、ぬっ、と出て来た。剥き出しの骨が、首、鎖骨、肩、背骨、肋骨……と、次々現れる。
夜に墓場で見ようものなら、卒倒する者も出るであろうほどの、見事な骸骨だ。
『拓人ったら、あたしに会いたかったのねぇー! 嬉しいわぁ!』
バリトン・ボイスではしゃぐのは、拓人の式神である天空だ。理科室にある骨格標本のような見た目をしている。
まさに、ザ・骸骨。骸骨・オブ・骸骨。美術品のようにすら見える、その白く細い指先が、拓人の頬を突いている。
凌は眼前の光景に既視感を抱いた。思わず、自分の式神である天后に目を向ける。
天后は、ぱっちりとした眼を大きく見開き、瞳を輝かせて跳ねた。
「空ちゃんじゃなーい! 久し振りねぇー! 元気にしてたぁ?」
天后に気付いた天空が、同じように跳ね上がる。骨の関節が、カシャカシャッと軽い音を奏でた。
『もしかして、后ちゃん!? やっだぁー! 相変わらず美人だわぁー!』
「何言ってんのよぅ! 空ちゃんの見事な骨格には敵わないわよぉー!」
再会を喜び合っている二柱。女子高生や若いOLのように、はしゃいでいる。……実際この二柱の年齢は、丸が何個も加算されるわけだが。
年をとると幼児返りするっつーけど、式神もそうなのかな? 凌はそんな事をぼんやりと考えながら、銀髪美女とオネェ骸骨を視界に捉えていた。
否、天空に性別があるのかさえ不明なので、”オネェ“というのも些か憚られるが……声質は、明らかに男性のそれだ。それ故に、凌の中では”オネェ“という表現がしっくりきている。
拓人を見やれば、彼は「やっぱり二人は知り合いだったんだなー」と納得した様子で、笑っていた。
顔の右側にある穴を瞑って、天空は拓人にウインクを飛ばして言った。
『紆余曲折を経て、今は仲良しなのよ』
「うふふ。青龍の髭を、空ちゃんと奪い合っていた時代が懐かしいわぁー」
『やだぁー! 何百年前の話よぉー!』
「あらぁー! 千年くらい前よぉー!」
やぁねー! と顔と声を合わせて笑い合っている二柱。二柱きりの神様同窓会をバックに、拓人はテーブルの上に自分の銃を広げ始めた。
いつもは自分の部屋でやるんだけど、賑やかなのもいいなと思ってな。と拓人は、凌に向かって椅子に座るよう促した。




