第二十五話『芹沢凌』―3
「ねぇ、凌の好きな色は? 俺は水色だよ。空の色が好き。テレビとか観るの? お笑い番組とか好き?」
先程から、好きな動物、好きな季節、好きなスポーツ、好きな国などを訊かれ、うんざりしながらも――潤の手前――答えてきた凌が、ついに声を張った。
「いい加減にしろよ! 何でオレが質問攻めにされなきゃなんねーんだよ!」
怒鳴られた人物は頭上に疑問符を浮かべ、小首を傾げてじっと凌を見据えている。
「だって、潤が『仲良くなりたいなら相手の事をよく知れ』って言うから」
潤の名前が出ると、凌は言葉を詰まらせた。潤へ視線を送ると、言った、と頷かれ、凌は観念した。
項垂れ、長く息を吐き、翔に少し待つよう、手のひらを向ける。
「拓人……頭痛を抑える札って、あるのか?」
ダメ元で問うと――訊いてみるものだ。拓人は苦笑いで頷いた。白い長方形の紙に、筆ペンでさらさらと、文字のような、図形のような模様を書いた。
「オレの相方が苦労掛けてるから、サービスしとく。効果は一ヵ月」
次からは一枚千円な。と添えられ、札を渡された。
あまりの安さに驚くと、拓人は「同業者割引」と言って笑った。
渡された札を持つと、凌の頭痛は気持ちと共に楽になった。凌は、やっぱスゲーな、と思いながら、札を小さく折り、肩こり解消の札と一緒にズボンのポケットへ入れた。
「翔も、凌と仲良くなりたいのは分かるけど、あんまり凌に迷惑掛けるなよ」
「うん」
いや、絶対分かってない。と、凌はすかさず脳内でツッコミを入れる。と同時に、拓人の言う事はよく聞くんだよなー、とも思い至る。
(まぁ、何となく分かるけど)
翔と拓人がどれくらいの付き合いなのかは知らないが、少なくとも仕事で組んでいる仲だ。信頼関係もそれなりにあるだろう。
それとは別に、拓人の言葉には説得力がある。凌は拓人と出会ってまだ間がないが、嘘を言うような人物でない事は、すぐに分かった。
“偽善者”になりすまして悪事を働く輩は数多存在するし、自分の周りにも居る。
凌は、《P・Co》の社長である、雅弥と初めて出会った時の事を思い返した。連れられ、乗り込んだ車の中での事だ。
“もし僕が悪い人だったら、君は八つ裂きにされて内臓を売り飛ばされていたよ”
ニコリと笑って、とても軽く言われた。
当時の凌にはその言葉の意味が分からなかったが、今なら痛いほど分かる。
“まぁ僕たちは、臓器を売買する人たちをやっつける側の人間なんだけどね”とも言われたが、実際には、その言葉から感じられる正義感や道徳感や義侠感など、有って無いような世界だった。
一般の少年だった凌には、俄には受け入れ難い世界でもあった。特撮ヒーローものを見て育った凌にとって、ヒーローとは、相手を“倒し”こそするが“殺さない”存在だ。少なくとも、凌少年にとっては、そうだった。
イメージと現実とのギャップに、ひどく悩んだものだ。
この業界には、様々な人間が居る。仕事を楽しんでいる者、何となく居る者、仕事だからと割り切っている者。
(拓人はきっと、割り切ってる人間だ。翔は絶対、なんとなく居るんだろうな)
呆れ半分に翔を見れば、何も考えていなさそうな顔を向けられた。
凌から見た普段の翔は、ぼんやりしていて、覇気がなくて、なんだか目に光りはないし、やっぱり何を考えているのか読めなくて、異質な存在だ。
(まぁ、オレも普段、何考えてんのか分からない人に囲まれて過ごしてんだけどな)
小さく嘆息し、凌は潤を見た。
凌が尊敬する先輩は、パソコンに向かって事務作業の真っ最中だ。
(翔って、雰囲気が潤先輩に似て…………いやいやいや! 何考えてんだ、オレ! バカ! 死ね!)
凌は、今日一日翔を見ていて、認め難い事に気付いてしまったのだ。




