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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第三章『敵と味方』
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第二十五話『芹沢凌』―2




 美濃焼の、渋みのある鉄系の釉薬(ゆうやく)で色付けされた湯呑みに入ったほうじ茶は、ただそれだけで味わい深い。あたたかみのある存在だ。


 やっぱペットボトルのお茶とは違うな、と凌は思った。


 皆が一服していると、宿題を終えた拓人(たくと)が現れた。べっこう飴のような色をした髪が、実に艶やかだ。


 康成が拓人に、玉露とかぶせ茶と煎茶のどれを飲むか訊いている。玉露と聞いた康成が、台所へと向かった。


「拓人、玉露とか飲むのか……」


 意外感丸出しで驚かれた拓人は、よく年寄り臭いって言われる、と苦笑している。


 凌にとっての玉露や抹茶といえば、苦くて渋くてたまらないイメージが強く、普段から飲もうとは思えないラインナップだった。


「昔から飲んでるから、落ち着くんだ。なんっつーか、ある意味、母の味……的な?」


 苦味の中にある甘味も好きなんだ、と拓人は言う。凌は、今度改めて飲んでみよう、とこっそり決意した。


「ねぇ。凌は好きな食べ物、何? 俺はミミズだよ」


 出会って間もない者同士の交わす会話としては定番な質問に対し、日本ではおおよそ聞く事のない食べ物(?)を教えられ、凌は口角を痙攣させた。


「あ、そういや翔、この前学校でミミズ食っただろ。学校では止めとけよ」

「バレてた……」

「どこで誰が見てるか分からねーんだぞ」


 叱られて小さくなった翔を見て、凌は少しだけ、ざまぁみろ、と思った。


「凌はチーズハンバーグとおにぎりが大好きなのよぉー!」


 唐突に現れた、見た目にも賑やかな美女に、凌の表情が瞬く間に渋くなっていく。


「勝手に出てくるなって言ってるだろ」

「あらぁ! 勝手に出て来られるようにしてるのは、凌じゃなーい!」


 水色にも白にも銀にも見える長髪を靡かせ、美女は――凌の隣には座れないので――翔の隣にふわりと座った。


朱雀(すざく)の坊やも、数日ぶりね」

「うん。天后(てんこう)は今日も綺麗だね」

「あらやだ。とんだタラシ発言だわぁー。ねぇちょっと、凌! 聞いた?」


 姿を自在に変化させる事の出来る水神が、容姿を褒められ浮かれている。喜びの余り翔に抱きついている様子が滑稽で、凌は、よかったなー、と感情のこもっていない言葉を返した。


 そこへ、玉露を持った康成と、紅茶とマフィンのセットを持った(ひかる)が現れた。天后を見て息を飲んだ光の手から、お盆が滑り落ちる。それを康成が見事にキャッチし、何事もなかったようにテーブルへと置いた。


 ただ、光にとっては大事(おおごと)だ。自分の婚約者が、見知らぬ美女に抱きつかれているのだから。


 口をパクパクさせてワナワナ震えている光に気付いた翔が、光もおやつ? と訊くが……、返事はない。


 慌てて凌が「天后、お前戻れよ!」と翔の後ろから手を伸ばし、天后を翔から引き剥がした。

 光と天后が初対面だという事を思い出した翔は、光の手を引いて、天后に言った。


「俺の奥さんだよ。光っていうんだ。綺麗でしょ。すごくかわいいんだ」


 光は、まだ結婚してないわよ、と視線を反らせた。ただ、相当嬉しかったのか、声は震え、耳まで真っ赤だ。先程まで、天后を視線で殺しそうな顔をしていたというのに。


 凌はほんの一瞬、背筋が冷えた気がした。


「あらぁー! 金髪美女だなんて、坊ややるわねぇ! ふふふ。本当に可愛らしいこと。微かに、私たちとは違う異界の匂いがするわぁ」


 天后は天后で、どんなに睨まれようとも、人間の小娘に臆する事はなく。大きな眼を三日月のように細め、にんまりと笑った。


「初めまして。アタシは凌の式神をしている、天后よん。宜しくねぇ」

「……宜しく。アタシたちが言うところの、水の聖霊よね」

「そうよー。普段は固体じゃなくて、液体なんだけどね。水滴が凄いからって、凌はいい顔しないのよぉ」


 だから、絶世の美女として凌の側に居るのよぉん。と、天后は猫なで声で凌の腕にしがみついた。あぁもう鬱陶しい! と凌に振り払われようと、びくともしない。


「ふふふ。それにしても、興味深いアベックだわぁ」


 意味深な笑みを含む天后の言葉に、翔は眼をぱちくりさせた。光もきょとんとしているし、凌も眉間を寄せている。


 三人の反応が意外だったのか、天后はキョロキョロと翔と光と凌の顔を交互に見て、なぁに? と首を傾げた。


「アベック……って、何?」


 その問いに吹き出したのは、深叉冴(みさご)だ。


「そうかそうか。“アベック”は今の若者には通じぬか」

「えぇ!? アタシ的には最新流行語のハズよぉん!?」

「んー……儂ら世代より上の流行語じゃからのう。三十年年ほど前になるか……」

「んもー! 人間の流行りって変わりすぎてイヤ! 日本人が着物を着なくなったのだって、つい最近じゃなーい!」


 人外二人が盛り上がっている脇で拓人が、アベックっつーのはカップルの事だ、とボソリと呟いた。厳密には二人組の事を言うが、天后の言った意味としては“カップル”で相違ない。


 凌は敬意にも似た眼差しを、拓人へ向けた。


「拓人、物知りだな」

「え……あ、いや、ほら。オリンピックで男女で金メダルが獲れたら“アベック優勝”って言うから」


 拓人は、そんなスゲー事かな……、と苦笑している。


 凌は、自分にないものを持っている者に憧れる性質の持ち主だ。拓人の事は初めて会った時――“結界”を作っていた時から気にはなっていたが、先刻“肩こり解消の札”を貰ってから、拓人に対する尊敬が決定的なものとなった。


 犬のようだ。とたまに言い表され、凌は嫌な顔をするのだが、あながち間違いでもない。




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