第二十四・五話『高嶺の花ズ』
幕間です。
女子二人がいちゃいちゃしているだけの話(笑)
時は遡り――翔と凌が“決闘”をしていた頃。
アイボリーが基調となった、半円アーチの窓が並ぶ駅。美少女二人組は、他の客の視線を浴びつつ――だが、全く気にせず――改札を抜けた。
プラチナ・ブロンドのロングヘアを三つ編みに結っている碧眼美少女は、大きな襟にレースのあしらわれた、スモーキーピンクのカントリーファッション。
もう一方は、アジアン・ブラックのロングストレートヘアを靡かせている。モノトーンでまとめられたファッションで、白のトップスに、黒のロングスカート。
天使と悪魔、と称してもいい程に、対照的な二人。実際には、休日を満喫している只の女子高生である。
ともなれば、同学年の異性の話題で盛り上がったりもするわけで。
「光のクラスに転校してきた山辺くん、、女子から人気よね」
黒髪の少女が話題を振ると、金髪の少女は、そうね、と細い指を口元へ添えた。
「アタシには、翔の舎弟にしか見えないけれど」
「確かに。見た目はそこそこワイルドなのに、天馬君にはヘコヘコしてるものね」
「翔が少し鬱陶しがっているから、そろそろ追い払おうかしら」
ふふ……、と綺麗に口角を上げて笑う光に、黒髪少女は半眼を向ける。
「西洋の魔女様は怖いですこと」
「あら。どうやって追い払うか、なんて、まだ何も言っていないわよ」
心外ね、と書かれた顔で光は、鈴音だって、と相手を名指し、続ける。
「東洋の魔女様は穏やかなのかしら?」
いや、アタシはそうは思わないわね。と、一人反語で呟く光に、鈴音は涼しい顔で答えた。
「あたしは魔女じゃなくて、巫女よ」
「似たようなものよ」
「いいえ。妖精と悪魔くらい違うわ」
「あら。似たようなものよ」
「自分は降霊師と一緒にされたら怒るくせに……」
粘着質な視線を送られても気にせず、光は、ふふん、と鼻を鳴らした。
「降霊、錬金術、祓魔、屍術……得手不得手はあっても、全てに精通しているのが、アタシたちだもの。ひっくるめて、“魔術師”って呼ばれるわね」
だから、アタシは“魔女”って呼ばれるのは嫌じゃないわよ。と光はすまし顔だ。
「あたしだって、黒猫を連れた、ホウキに乗って空を飛ぶ魔女なら大歓迎よ。でも、魔女って『ヒッヒッヒッ』って笑いながら、紫色の液体を鍋でぐつぐつ煮込んでるイメージなのよね」
とんだ偏見だけど反論出来ないわ、と光も妙に納得して見せている。
毒リンゴを食べさせようとしたり、子どもを煮て食べようとしたり、生き物を石に変えたり、城に近付く女の子を鳥に変えて食べたり。世間の“魔女”に対する認識とは、こんなものだ。
実際、薬草を扱うのが得意な母の煮ている液体が、紫色だった事もある。光は再度、確かに、と肩を上げた。
そんな光の隣で、同じように嘆息する鈴音。
「っていうか、あたしは将来、家業を継ぐ気なんてないのよ」
「モデルでもやれば?」
この前もスカウトマンに声掛けられてたでしょ?、と問えば、返ってくるのは唸り声。
嫌がっているのかと思いきや――、
「モデルになれば、イケメンとの出会いも増えるかしら」
と、なかなかに邪だが前向きな返事だ。
「鈴音は面食いだものね……」
フィジーの海のように澄んだクリスタル・ブルーの眼を細め、光は金の長い睫毛を上下させた。
「性格も大切だけど、男はまず見た目でしょ。ってなわけで、顔面も性格も上々な成山君は、今のあたしにとって理想と言えるわね!」
「アンタ、この前遠回しにフラれたじゃない……」
「フラれてなーいー! “今は”ダメって言われただけー!」
あぁ、はいはい。と相槌を打てば、黒髪美少女は、何よその反応! とご立腹だ。
「逆に、あんたはあんなイケメンと一緒に暮らしてて、揺らがないわけ?」
「あら、愚問ね。天変地異が起きても揺るがないわよ」
鈴音は、ホント信じらんない、と顔を歪めるが、でもまぁ、と肩を竦めて見せた。
「光がイケメン好きじゃなくてよかったわ。光と男の取り合いだなんて、御免だもの」
「あら。何をもって“イケメン”とするかには、個人差があるわよ。でも、そうね。確かにアタシは、見た目には拘らないわ」
しれっと言って退けた光に向けられる、じっとりとした黒い視線。上瞼を半分落とした鈴音が、よく言うわ、と前方を指差した。
「今日は光の大好物を眺めに来たんでしょ。付き合う身にもなってよね」
鈴音の指先は、駅の出口を指している。その更に先に見える建物が、今日の目的地。緑青色の方形屋根が特徴的な、国技館。
プロレスなどの格闘技や音楽のコンサートなども行われる会場だが、相撲で有名な建物だ。
相撲の秋場所は終わっているが、今日は全国少年相撲大会が行われている。
光の目当ては、見学やスカウトに来ている力士だ。
「全く。何であたしが、お相撲さんウォッチングに付き合わなきゃいけないのよ……」
ゲンナリとしている鈴音とは対照的に、光は生き生きとしている。キョロキョロと辺りを見回しながら、
「たまに浴衣を着たお相撲さんがこの道を通るのよ。会場を見た後は、ちゃんこ鍋のお店へ行きましょ。因みに、力士が作ればカレーだって”ちゃんこ“なのよ」
と。親友の言葉は光の耳をすり抜けていったようだ。
「君たち、どこから来たの? アメリカ?」
振り向いた先に居たのは、浴衣に身を包んだ、恰幅のいい男。頭には髷が乗っている。
鈴音が気怠そうに口を開いた。
「違います。あたし達は日本じ――」
「アタシたち、横浜から来たんですけど……」
光が鈴音を押し退け、両手の指を絡めつつ、上目遣いで休日の力士――らしき人物――を見上げた。
「美味しいちゃんこ鍋が食べられるお店って、近くにありますか?」
パチリと瞬きをすれば、長い睫毛がパサリと動く。
自分の顔が写り込む程澄んだ瞳を間近に、力士――らしき人物――は、顔を赤くして口篭った。
「出来れば、お兄さんのように、カッコイイお相撲さんの居るお店に行きたいです」
“お兄さんのようにカッコイイ”を強調し、ググイッと言い寄る光に、鈴音は半眼を向けるしかない。なんなら、動画を撮って光の婚約者に見せ付けてやろうか……。という考えも頭を過った。だが、そんな事をすれば自分の命も危ぶまれると察し、踏み止まった。
(まぁ、光のコレは本当に、“可愛い動物を見に、動物園に来ました”って感覚だから、浮気とは違うのよねぇ……)
肉付きのよい腕を擦って打ち震えている親友を眺めながら、鈴音は嘆息した。
つまり、今の光の状況は、例えるならば“癒しを求めて猫カフェにやってきて、膝に猫を乗せている”といった感じなのだ。断じて、浮気などではない。光自身にも、そんなつもりは毛頭ない。ただ、むちむちの体を見て、あわよくば触りたいだけなのだ。
変に突いて、光なり翔なり、または双方の怒りを買おうものなら、それは自分にとってマイナスでしかない。なので、鈴音は黙って眺めている。
どうでもいいけど、早くしてくれないかしら。と胸中で愚痴を溢しながら。
だが、力士――らしき人物――はデレデレと鼻の下を伸ばしているし、光は幸せそうにその腕を撫でながら眺めているしで、まだ前にも後ろにも進みそうにない。
鈴音は、興味の欠片もない眼前の光景から顔を背けると、溜め息を吐き出した。そして、辺りを見回し始めた。
あーあ、細マッチョなイケメン居ないかしら。と。
服や男の好みこそ真逆だが、さっぱりとした性格をしている二人なものだから、仲良くやっている。何だかんだで、光が日本へやって来た、小学生の時からの付き合いだ。
この日も、光が「臨時収入が入ったの。ご飯はアタシが奢るから付き合って」と言うから、出てきたわけだ。で、午前中はお相撲さんウォッチング。午後は渋谷で、イケメンウォッチングを予定している。ついでに鈴音は、イケメンが働いているカフェでパフェでも奢って貰おう、とも考えている。
そうこうしていると、幸せに満ちた表情の光が――スキップ混じりで――鈴音に近付いてきた。
「ふふ。元大関さんがやっている、近くのお店を教えてもらったわ」
ご満悦の光を見れば、失笑気味ではあるが、鈴音の表情も自然と緩んだ。
「ま、光が楽しそうなら、来た甲斐が有ったってなものね」
「え、何?」
きょとんとしている光に、鈴音はやれやれ、と肩を竦めた。
「ツンツンした女王様気質の光もいいけど、好きなものを見てる時の、乙女乙女した光も、あたしは好きよ。……って話よ」
「あら。愛の告白は有り難いのだけれど、残念ながら受け入れられないわ」
真顔で返され、鈴音は、あぁはいはい、と軽く手を叩いた。
「そういう、本気か冗談か分からないトコも引っ括めてね」
「あら。冗談よ。でも、そうね……。悪い気はしないわ」
それは光栄だわ、と鈴音が恭しく頭を下げれば光は、苦しゅうない面を上げい、と返し、鈴音に「何で殿様風に返すのよ」と笑われた。
そんな寸劇を交えるくらいには、仲が良い。まさに、休日を満喫している女子高生だ。
「あーあ。光が男だったら面白かったのに」
「『面白い』って、恋愛対象ではないのね」
「あ、ガッカリした? ガッカリしたの? 光だって、あたしが彼女とか嫌でしょ」
鈴音は、嫌だ、と即答されるかと思っていたのだが、光は、そうでもないわよ、と笑っている。
「隣に置いておくと、優越感に浸れるくらいには鈴音は美人だもの」
「何それ。あたし、飾りじゃないんだけど」
と頬を膨らませれば、光の指先が突き刺さった。その弾みで、鈴音の頬は口にめり込む。
「アンタが男に求めてる事を、そっくりそのまま言い返しただけよ」
むすりとむくれる友人に、光は笑顔を崩さず続ける。
「まぁ、拓人君にターゲットを絞るのなら、協力しない事もないわよ」
「じゃあ、絞る」
即答だった。
「拓人君、黒髪ストレートロングが好みらしいから、鈴音はドンピシャの筈よ」
「え、うそ、やだー!」
全く嫌がっていない「やだー」が炸裂したところで、光は一つ付け足した。
「ただ、拓人君を狙ってる人ってたくさん居るのよね。男の人にも結構人気だし。そうね、翔の従兄も、男だけどしょっちゅう言い寄って――」
「え、うそ、やだ」
鈴音が前言撤回するのに、五秒も掛からなかった。
「っていうか、あたしたちまだ十七歳やそこらよ!? 一人に絞るなんて無理よ! というわけで、午後は予定通りイケメンウォッチングよ! その前に、力士ウォッチングに行くわよ!」
何やらやる気を出しまくっている鈴音に手を引かれ、光は国技館へと足を踏み入れた。
次から第三章になります。
のんびり更新ですが、変わらずお付き合い頂けると幸いですm(_ _)m




