第二十四話『悪の組織』―4
《SS級》のメンバー三人と出会ってきた滝沢だが、今日は平日。他の会員は、皆学校へ行っている。
不登校の会員を除いて。
滝沢は、現在ここに居る筈のない、肩まで伸びた髪の後ろ姿を呼び止めた。
「またお前は……学校はどうした」
「ご心配なく。只のサボりです」
学校へ行っていないのに、学校指定の体操服を着ている女子高生――嵯峨朱莉は抑揚の少ない声で答えると、滝沢に背を向けた。
しかし、話はまだ終わってないぞ、という声に、うんざり気味にその場に留まる。
「テスト期間には登校しています」
「そういう意味じゃない。高校には他のメンバーも居るから、コミュニケーションを――」
「そういうのは、威に任せています」
朱莉の返事に、滝沢は顔を渋くした。ああ言えばこう言う。普段は喋らないくせに、喋ると噛み付いてくる……と。
「威の心配はしていない。お前の事を言っているんだ」
「それでしたら、威の学力を心配してやってください」
またしても話題を他人に向けさせる朱莉に、滝沢は呆れと苛立ちから、太い溜め息を吐いた。
「そんなに《自化会》が嫌いか……」
滝沢が思わず溢した言葉に反応したのは、朱莉の人形だった。
どこから現れたのか――手のひらサイズの、小人のような人形。金髪の、西洋の女の子のようなシルエットだ。
それが、小さな手で滝沢の口を塞いでいる。
「滝沢さん、滅多な事を言わないでください」
朱莉は人形を自分の首の後ろへ収めながら、滝沢を睨んだ。
「勘違いされると迷惑なので言っておきます。私はこの場所を失いたくないから、ここに居ます。入会して三年間、その気持ちに変わりはありません。あと、学校へは明日から登校しますので、問題ないです」
一頻り喋り、失礼します、と一礼して、朱莉は格技場の方向へ去っていった。
滝沢も事務作業の続きをしようと一歩踏み出したのだが――背後で、ドタン! という重量感のある音がしたので、振り向いた。
廊下の真ん中で、黒い人影がノビている。両手に持った紙袋だけは、地面につかないように持ち上げて。
少しして、黒い塊は上体を起こした。
《自化会》の会長である嵐山臣弥。ワイシャツ以外は見事な黒尽くめだ。
「朱莉さんは、分かりにくいですけど、根は素直な良い子なんですよぉ」
いつものニコニコ顔に、間延びした声。鼻が少し赤いが、擦りむいてはいないようだ。
「会長、お帰りなさい。また何もない所で転んで……」
臣弥は差し伸べられた手を掴み、よっこらしょ、という掛け声と共に立ち上がる。
「ただいま帰りましたぁ。ふふふ。朱莉さんは、少し祝君に似てますねぇ。ツンデレって言うんでしたっけ?」
胸元にパン屋の紙袋を抱えた黒尽くめの男は、平日に高校生が自宅に居る事にはノータッチだ。この男は基本的に放任主義なので、会員に必要以上の干渉はしない。
「しかしまぁ、彼に近しい人は、気難しい性格が多いですねぇ」
「彼?」
眉間を狭める滝沢に、臣弥は相変わらずの微笑を向けたまま、忘れたんですかぁ? と質問をした。だが、質問の返事を聞かずに続ける。
「朱莉さんを《自化会》へ連れてきたのは――」
「あ、会長やんか。おかえりー」
臣弥の言葉を遮り現れたのは、洋介から買い物を頼まれた、祝だ。いつものように、黒のジャージ姿で階段を降りてきた。
髪も黒ければ、両耳と口元についているピアスも黒いので、ある意味祝も黒尽くめだったりする。ただ、彼の場合はジャージに金色のラインが入っている。
「祝君はお出掛けですか?」
「洋介に頼まれてな。野菜と果物買ってくるわ」
未だ不本意そうな祝に臣弥は、外はいいお天気ですよー、と世間話レベルの言葉を投げ掛けた。
祝は、せやね、と肩を竦めると、んなら行ってきますー、と手を振って靴箱のある方へ向かって行った。
「ところで滝沢、何をそんなに急いでいるんですか?」
歪んだネクタイを直しながら臣弥が訊くと、滝沢は、それがですね……、とスマートフォンでニュースの映像を見せた。
「わぁー。かっこいいですねぇ」
私としては、鎌がもっと大きければ完璧です。と笑っている会長に、滝沢は肩を落とした。
「会長、これ、敵なんですよ?」
「いえいえ。敵だろうと味方だろうと、素晴らしいものは相応の評価をしなければいけませんよ。で、あれは何ですか?」
滝沢が、《天神と虎》で造られた生き物らしく……、と説明すると、臣弥は手をひとつ叩いた。
「そうでしたか。それはそれは。ライオンとトラを掛け合わせてライガーをつくるのを、ハードにした感じですね」
なるほど、と一人納得して頷く臣弥に滝沢は、ちょっと違う気がします……、と渋い顔をしている。
「まぁ、彼は異種交配から生まれたわけではないですからねぇ。しかしながら、こういったものを大量に造り出すとなると、同じく大量の人間が必要になりますねぇ」
その“人間”の出所は何処になる事やら、と呟きながら、臣弥はパンの入った袋を抱えて、会長室へ足を向けた。




