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世界の平和より自分の平和  作者: 三ツ葉きあ
第一章『鳥人間と愉快な――』
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第二話『召集』―3



 昼過ぎ。


 課程が終わり、校庭から出てはまばらに散っていく高校生たちを眺めながら、臣弥はある二人を探していた。

 その二人は、無事に二年へ進級できてから、半年程になる。


 今日は午前中で授業が終わる日だ。

 遊びに繰り出すもの、バイトへ向かうもの、まっすぐ帰宅するもの、各々、午後の時間を有意義に過ごそうと足早に校門を抜ける。


 学生は一様に私服姿で、制服を着ている者はいない。


 そして、浅縹(あさはなだ)色のチャイナ服に似たトップスを着た薄栗色の癖毛と、柳色のTシャツを着た飴色の直毛を見付けた。

 そちらに向かって、大手を振る。


「翔くぅーん! 拓人くぅーん!」


 名前を呼ばれた二人は、黒スーツを確認すると、どちらも、苦虫を嚙んだような顔を見合わせた。

 小さな声で話し出す。


「何で嵐山(あらしやま)、居るの?」

「オレが知るかよ。急な仕事でも入ったんじゃね? 無視するか」

「聞こえてますよ」


 いつの間にか目の前に立っている臣弥に、二人はより一層、嫌な顔をした。

 拓人が溜め息を吐く。


「会長、今度は何だよ。ってか、翔の家で待ってろよ……」

「俺、まだ左目治ってないんだけど……」


 翔も半眼で臣弥を睨んだ。

 しかし、そんな反応に慣れきっている臣弥は気にする様子もなく、続ける。


「そうも言っていられませんよ、ふたりとも。今週金曜日の夜七時から、《A・S・SS級》の合同会議を行います。絶対に来てくださいね」


 それだけ聞き、拓人が目を丸くした。


「は?」


 素っ頓狂な声が出たが、頭の中を整理する。

 何せ“会議”など普段殆ど行わない上に、《A~SS級》の人間が全員顔を合わせる事など、まず無いのだ。


 辺りを見回してみる。

 少し離れた場所に見慣れた黒い車が止まっているが、他に見知った顔は無い。


「いや、ちょっと待て。会長、今一人か?」

「はい。それがどうかしましたか?」


 きょとんと訊き返され、拓人が声を震わせた。


「『どうか』? ……って、滝沢さんはどうしたんだ? 何で一人でこんなトコに……まさか、運転も自分でして来たのか?」

「はい。私、車の運転好きなんですよ? あ、滝沢は《A級》と《S級》の子たちに知らせに行ってくれているんですよぉ」


 拓人の口元が引き痙った。

ら声を荒らげる。


「あっぶねぇだろ!! 馬鹿か? 馬鹿なのか!?」

「馬鹿なんて、酷いですねぇ。大丈夫ですよぉ。それより、心配してくれて有り難うございます」

「っるせ!」


 顔を赤くして睨み付けてくる拓人をニヤニヤ眺めていた臣弥が、ある人物に気付いた。


 三つ編みにしている金色の髪を揺らしながら、近付いてくる。

 碧玉のように綺麗な瞳が、臣弥を捉えた。女性にしては長身である。


挿絵(By みてみん)


「あら、嵐山さん。こんにちは」


 翔の嫁――まだ結婚できない年齢なので、正確には“婚約者”だ。


(ひかる)さん、こんにちは。今日もお綺麗ですねぇ」

「ありがとう。で、今日はどうしたの?」


 臣弥からの賛辞をさらっと流し、光が横目で翔を見た。

 「ああ」と漏らし、臣弥が光に肩をすくめる。


「翔くんの怪我なら、ご心配なく。今日は仕事ではなく、会議のお知らせに来ただけですから」

「ふぅん……会議ねぇ……。そういえば、深叉冴さんは?」


 見回しても見当たらない人物の名を出す。

 臣弥は再び肩をすくめた。


「ミサはヒデを探しに行ってくれていますよ。今週中には戻ると思います」


 光と臣弥の会話を聞いていた拓人が呻く。


「親父、また行方不明なのかよ……」


 息子である拓人ですら、秀貴とはもうかれこれ一ヶ月は会っていない。

 というか、拓人自身も実家へはあまり帰らない。

 今は学校から近い翔の家に居候中である。


 足元を歩く蟻の行列をしゃがみ込んで眺めていた翔が、口を開いた。


「ねぇ、父さんは会議に来るの?」


 元々、父親の事を好いていた翔だが、深叉冴が自分に似た姿になってからというもの、あまり自分から近寄らなくなった。

 深叉冴本人は今の姿を気に入っている様子だが。


「どうでしょうかねぇ……ヒデが早く見つかったとしても、ほら、ミサって会議とか堅苦しいの嫌いですから」


 臣弥の言葉に、翔が少し残念そうに顔を伏せた。

 光の“使い魔”となった深叉冴だが、光とも殆ど行動を共にすることはない。

 光もそれを承知しているし、翔も勿論知っている。


「えっと、金曜の夜七時だっけ? ちゃんと行くから安心しろよ。翔も、オレが引き摺ってでも行くし」


 拓人の言葉に、翔が口を尖らせた。


「引き摺られなくても、俺、ちゃんと行くよ……」


「ふふ、有り難うございます。場所は第二会議室です。金曜日まで仕事も無いので、ゆっくり休んでくださいね」


 そう言うと、臣弥は自分の車に乗り込んで去っていった。


 翔たちの通う高校から、更に車で一時間ほど。

 途中、パン屋へ寄ったりしながら進んだので、二時間もかかった。


 とある女子大学。

 臣弥は、その校門前でまた人探しをしていた。

 場所が女子大なだけに、不審者に間違われないように一応は気をつけているつもりだ。


 探しているのは、真っ赤な髪。

 地毛ではなく、染髪だ。

 真っ赤な瞳も、コンタクトレンズである。


 真っ赤な髪は、前から見ると、肩あたりで切り揃えている。

 だが、後ろ髪は一部、腰付近まで伸ばされていた。

 そんな奇抜な髪型の人物。

 髪色が目立つので、その人物は割と早く見つかった。


 臣弥が声をかける前に、向こうから声をかけてくる。


「会長じゃなーい! どしたの?」


 自化会《SS級》唯一の女性である。

 彼女は、去年この大学へ進学した。現在二年生。

 大学まで進んでいるのは、《自化会》の中でも珍しい。《SS級》では、洋介と、この千晶(ちあき)のみである。


 祝も千晶と同い年だが、彼は高校も中退して自化会の仕事を専業している。

 彼の場合は、単純に集団行動が苦手なだけだったりもするわけだが。


 千晶に、臣弥が切り出す。


「この金曜日の十九時に、第二会議室で《A~S級》の合同会議を行うので、来てくださいね」


「会長が自分からわざわざ来るなんて……あんまり穏やかな感じじゃないのかしら?」


「んー、まぁ、ちょっとややこしいと言いますか……人数が要ると言いますか……」


 言葉を詰まらせる臣弥を眺めながら、千晶が「ふぅん?」と息を吐いた。


「良いけど、《A級》の奴らなんて邪魔なだけじゃない? 大丈夫なの?」


 『大丈夫』の意味するところの範囲が広すぎて特定できないが、臣弥は少し考えてから「大丈夫ですよ」と返した。


 千晶は――自分から聞いたのだが――さほど興味も無さそうに、また「ふぅん」と呟いた。

 そして、続ける。


「あたしは暇してるから、()んだけどさ。最近、祝がノイローゼ起こしそうなくらい激務じゃない? 聞いた話じゃ、天ちゃんも左目失明中らしいし?」


 『天ちゃん』とは、翔の事だ。苗字の『天馬』からきている。

 半眼で見てくる千晶の視線を躱しつつ、臣弥は「だからですね」と言葉をさした。


「会議の日まで、仕事は無しです。千晶くんも、勿論、貴女の相方の寿(とし)(みち)くんもですよ」


 それを聞いた千晶が、一瞬で顔色を変えた。

 きっと、人は何かとても恐ろしいものに遭遇したときに、こんな表情になるのだろう。


「嘘、あと四日も寿君に会えないなんて……会長の鬼! 悪魔!」

「いやぁ、君が寿途くんのことを大好きなのは知っていますが、彼まだ小学六年生ですからね?」


 聞き、千晶が、まさに“鬼”のような形相で臣弥を睨んだ。

 臣弥の胸ぐらに掴みかかる。

 その力は、臣弥の足が地面から離れるほど強く――


「愛があれば! 年の差なんて!」

「そういえば貴女、数年前に翔くんにも、同じことを言っていましたよね……」

「天ちゃんに許嫁がいるなんて知らなかったのよ!」


 ぎゅぅううっ――と、千晶の拳に力が入った。

 今度は臣弥の顔が青くなる。と、急に千晶の手が離れ、臣弥は地面に落とされた。


 目を瞑り、息を整える千晶を、臣弥は霞む目で眺めていた。

 地面にぶつけた臀部(でんぶ)が痛む。


 千晶が遠い目をして、静かに口を開いた。


「会長、愛って、何かしら……」


「私にそれを訊きますか? ……色々言いたいことはあるんですが、哲学は是非大学で行ってください……」


 臣弥には、そう応えるのが精一杯だった。



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