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プロローグ:芹沢凌の場合




 少年は 死を待っていた。




 煌びやかな照明の輝く店舗が並ぶ、大通り。


 そこから細い路地を通り、たどり着く裏路地。そこに座り込んでいる少年。歳は十代前半であろう。

 黒に限りなく近い茶色掛かった髪はぼさぼさで、何日も手入れされていない事が伺われる。


 表通りとは正反対の、暗く陰気なその路地にひとりの青年が足を踏み入れた。


 黒のワイシャツに黒のスーツ。おまけに黒い髪。

 明かりの少ないこの場所では、闇に紛れていて全く目立たない。

 顔と、光の加減で輝く眼球のみが存在感を出している。


 足音も聞こえない。


 何か白いものを差し出され、少年が顔を上げる。


 白米の塊――握り飯だった。まだ湯気が上がっている。


 少年は眉ひとつ動かさず、握り飯を眺めた。


 「お腹が空いてそうだけど、食べる? 変なものは入っていないよ」


 澄んだ、優しい声だ。


「いらない」


 少年はひと言発すると、足を抱えて縮こまった。


 青年は、やれやれと肩を竦めると、再び口を開いた。


「死にたいのなら、僕にそれを止める権利なんてないのだけれどね」


 ひと息ついて、続ける。


「何で死にたいのか、話して貰えないかな?」


「…………」

 


 沈黙。



 少年が、乾いた唇を開いたのは、数分後だった。


「父さんが、殺されて。そのせいで……母さんが、こころの、病気になって……」


 少年は俯いたまま、ゆっくりと続ける。


「しばらくして、母さんも死んだ。施設に入れられたけど、逃げ出して……でも、生きる意味も思いつかない」


 だから、死ぬのを待とうと――呟いて、少年は口を閉ざした。それと同時に、目を青年の方へと向ける。


 シナモンのような、茶色い目だ。


 青年は、少年の前にしゃがみ、その瞳を見返し「それじゃあ……」と、切り出した。


(かたき)を取ればいい」


 あっけらかんと。何の躊躇もなく。

 まるで、始めから答えを知っていたかのような口振りで。


 少年は、息を詰まらせた。「え」「あ」と小さく漏らしてから、言葉を紡ぐ事に成功した。


 誰の……?

 これが精一杯だったが、相手には伝わった。


「君の話を聞く限り、全ての元凶は、君のお父さんを殺した人物だ。違うかい?」


 少年は、肯定の意味で首を横に振る。納得したように息を吸い、青年は続ける。


「それなら、その“お父さんを殺した人物”を探して、仇を取ったらどうかな。死ぬのは、それからでも遅くはないと思うよ」


 急に物騒な話になり、少年は呆気にとられた。日常会話の域を超えている。

 何より、自分の選択肢にそれはなかった。


 元々、父は殆ど家におらず、「死んだ」と報せを受けた時も――母はひどくショックを受けていたが――自分には実感がなかった。


「あなたに付いていけば、仇が取れるって?」


 だが、なにかひとつでも生きる目標ができたというのは、少年にとっては大きく――。


 普通の日常など、過去になった少年だ。言葉を存外、すんなりと受け入れた。


 青年は、少し笑って、大きく頷く。


「役に立てるとは思うよ? とてもね」


 そして、再び握り飯を差し出した。もう湯気は出ていない。


 少年はそれを受け取り。食べ始めた。

 冷めてしまったが、美味しい。鮭入りだった。


「ところで、君の名前を聞いても良いかな?」


 青年に問われ、少年は口の中のものを噛み砕き、急いで飲み込んだ。


(りょう)芹沢(せりさわ)凌」


 青年は、満足そうに微笑む。


「今度は、ちゃんと温かいおにぎりを食べさせてあげるよ。ここの握りたてのおにぎりは絶品だよ」


 青年は、満足そうに微笑んだ。立ち上がり、手を伸ばす。


「僕は、二条(にじょう)(まさ)()。とある会社の社長をやっていてね。皆『社長』って呼ぶから、凌もそう呼んでよ」


 凌は、雅弥へと手を伸ばしながら「はあ……」と呟いた。まだ、完全には信用できない。だが、雅弥の手をしっかり握る。


 あたたかい。


 ふたりは、そのまま裏路地を出た。




 こうして、一人の少年が地下組織へ身を寄せたのだが――彼が親の仇と顔を合わせるには、これから更に五年の月日を要する事となる。



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