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Death road   作者: 柊 誠
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序章

日常が崩れ去るほんのすこし前のこと

天月希美は、絶賛恋愛中であった

隣に目をやれば、子供のようで、それでいてどこか叡智を漂わせるような横顔が瞳に映る。

しかし恋愛中といってもそれは手を繋いで歩いている、といった喜ばしい限りの状況ではなく、席が隣だから、という理由だ。さらに残念なことに、通路をはさんでの隣、なのだが、だからこそ目を向けていられるという喜びが、もっと近くにいたいという想いをなんとか抑えつけ、ないまぜにしていた。

元来人付き合いが得意ではなく、男の子と話すことなどすこし前の希美には滅多にないことだった。そんななか、高校に進学した折に偶然出会ったのが絶賛片思い中の彼、辰野雷斗だった。

きっかけは些細なことで、日常の中に埋もれ忘れてしまうようなことだ。しかし希美にとってのそれは、忘れられないものであった。

念願の第一志望の高校に合格し、胸いっぱいに期待を詰め込んだ入学式のあと。体育館から自分のクラスへと移動した希美は、胸いっぱいに焦りを膨らませるはめになった。

理由は単純で、内気な性格が災いし自分のクラスについてからというもの、誰とも話せずにいたのだ。

別にこれが初めてというわけではない。昔からクラス替えのたびに似たようなことにはなった。その都度希美は、自分だけが隔絶された世界にいるのでは…と思うほどに萎縮してしまうのだった。

それでも中学の時はまだ、昔からの友達がいてくれた。が、こと今回は周りは見知らぬ人ばかりだ。

誰かと話さなきゃ!そう思い周りを見渡すまでは良いのだが、そこから何も動けない。

周囲の緊張感が徐々にほぐれていくなか、希美の周りには重い空気が漂っていた。

焦りはさらに自信を失わせ、視線は机上へと下がっていく。

机の片隅に掘られた乱雑な「やればできる」という落書きが、希美をさらに自己嫌悪に追いやった。

その時だった。フッ__と希美のもとへ差す陽光が隠されたのは。

自分のところへ影ができる。その意味を把握するのにしばらく時間を要した。

そしえ影の元へ、顔を上げた希美の瞳に飛び込んだのが、雷斗その人だった。

影の持ち主は、希美の心の光となった。

彼は、たった一言、心配からでも、哀れみからでもなく、まっすぐな声で言ったのだ

「俺雷斗。お前は?」

平凡で、なんてことのない初対面の人が交わす常套句。

しかしそれは、希美の心に深く染み渡っていった。

こんな、ごくごく平凡な、一少女の高校デビューとでも言うべき一時。

しかしそれは当事者たる彼女にとっては、かけがえのないひと時となるのだった。

あれから、いろんな事が変わったんだよね…

授業をすっぽかして回想に浸っていた希美が異変に気付いたのはその時だった。

雷斗のさらに奥。

窓から見える運動場に、それはいた。

ひどく巨大で、現実離れしたものだった。

込み上げてきた純然たる恐怖に突き上げられるように、希美は立ち上がった。

が、それを咎める先生も、そして生徒も、一人もいなかった。

皆も、それに気がついたからである。

「何あれ…?」

「竜巻だよ竜巻!」

「え…黒い煙じゃない?」

「とりあえずヤバイって!」

窓を指差し、口々に皆が言葉を発する。

ささやきは喧騒へ移り変わり、クラスは騒然となった。

だけど__。

違う__!

あれは、醜悪で、おぞましい体躯をしている。

受け入れたくなくても間違いない

今目に映っているのは…

鬼__だった。

もちろん、節分の豆まきでするような可愛らしいものではない。

校舎の4階、一年生の階まで届くだあろう身体は、よくいえば筋骨隆々。悪く言えば、ケダモノだ。

それが、一歩ずつ、こちらへと歩み寄っている。その一歩一歩が生み出す振動が、校舎を震わせる。

うそ…なにあれ…

とりあえずどう見たって竜巻やらなんやらじゃない。

みんなにはアレが、別のなにかに見えているのかな…

頭が状況に追いつかず、周りのみんな同様パニックに陥りそうになる。

が、鬼という非日常的な存在が逆に、希美に理性をつなぎとめさせた。

でもどうすれば…

無意識のうちに、希美は雷斗の方へと目を向ける。雷斗ならもしかしたら…。

しかし、希美が見たのは、そう、言うなれば違和感というべきものだった。

見えているものが違うにせよ、秩序のなくなった教室において、雷斗の放つ空気は異質であった。

まるで、すべてを理解しているかのような。この事態の全容を把握しているかのような、そんな冷静さがあった。

「らい…と…?」

漏れ出た声は、驚くほど震えていて、自分でもそれが鬼に対しての恐怖なのか、雷斗の雰囲気に対する恐れなのかはわからなかった。

「…4.、5、6人か…。おいチビ、ちゃんと連絡しとけよ。目標は風系統を使う鬼人ってことも…」

雷斗が誰かへと声をかける。希美には、連絡しとけよ、というところまでしか聞き取れなかった。

でも、いったいだれに__

周囲を見渡すが反応しているものはおらず、雷斗へ視線を戻し、希美は今日なんどめかの驚愕を覚えた。

雷斗の横に、大型犬ぐらいの体長の龍が浮遊していた。

鱗がエメラルドのような鮮やかな緑のそいつは、空中でうねうねと螺旋を描いた。

「それくらいわかってらぁ」

高い、子供のような声で龍が喋る。だが、そんなことではに驚かないほどには、希美の神経は麻痺していた。

「そうか」

雷斗は雷斗で、龍が喋ることなど当たり前のようにその龍に一言そう応えると、窓の方へ歩き始めた。

その半歩あとに龍も続く。

そして雷斗は、窓を開け放った。

竜巻と間違えられる(いや、鬼であることの方がよっぽど間違いなような気もするが)ほどの風が鬼から教室へ吹き付ける。

爆風がなだれ込みむ。

教室がふるえ、プリントが舞い散る。

轟然たる風音に、皆の叫び声がかき消される。

思わず顔前を腕で覆う。

その間に。

雷斗は、窓枠に足をかけた。

それが目に飛び込んだ瞬間、希美には、それが何を意味するか、はっきりわかった。

もちろん、意図や目的は何もわからない。だがそれでも、その姿から、何かを覚悟していることは感じ取った。だからこそ、今から取る行動も…。

「だめ!雷斗!行かないで!」

思わず叫ぶ。

周りの音が遠ざかり、すべての現実が遠ざかっていく。

まるで今この瞬間この空間には、希美と雷斗しかいないかのように。

「私…雷斗がいっちゃうなんてやだよ!もっと一緒にいようよ!まだまだこれからだよ!ねぇ!雷斗!」

その必死の叫びを雷斗は、困ったような、切なそうな瞳でこちらを見ていた。

もしかしたら、留まってくれるかも。そんな淡い期待を抱く。

だが、それも一瞬だった。

それらの感情を覆い隠すように、雷斗の瞳には、覚悟の色が再び現れた。

そして窓から身を乗り出し、希美の方へと振り返る。

その口が動き、たった一言、言葉を生んだ。

それは、吐息のような声量でありながら、希美の耳にはっきりと届いた。

聞こえた瞬間から、希美は走り出していた。

しかしその距離が縮まり切る前に。

雷斗は窓から飛び出した。

ついで龍も飛び出す。

それは、落下ではなく、跳躍。

鬼へむけ一直線に飛び出した人影は、ほんの一瞬で距離を詰め、そして__

閃光が炸裂した。


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