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暁闇  作者: 木村 恭
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火狐族の巫女

罪人よろしく後ろ手に縛られ、楓は滝の近くの天幕へと連れられた。

目の前の女性は大婆様と呼ばれていたが、その容姿はあまりにも老婆とはかけ離れていた。幼いのだ。

どうみても10を少し過ぎたくらいにしかみえない。肌の艶もしかり、髪の豊かさもしかり。火狐族特有の真紅よりももっと深い深い赤のそれは、乾いた血の色のように見えて思わず身震いした。


「ほっほ、そう恐れずとも良い。妾もそちを罰するつもりはないゆえ安心せよ。」

この国の人々は寛大のようだ。真か偽かわかるということもあるのだろうがとにかく懐の大きさを感じるばかり。


「さて、そちがどこの生まれであるか。妾にも皆目見当がつかぬのじゃ、許せ。ただの、わかることが一つだけある。」

「一体それは何でしょうか。」

「そちの記憶がこの世界の様々なところに飛び散っておる、ということじゃ。」

「記憶が…飛び散る?」


どうやら長でも初耳らしい。


「是。それは石ころかもしれぬ、パルプかもしれぬ、動物かもしれぬ。この世の様々なものに定着した。」

「ということは、私の記憶を持ち、その記憶を共有している者がいるかもしれない、と?」

「否。記憶とはそち自身のもの、そちだけのもの。他者が扱えるような代物ではない。」

「ということは…。」

「うむ、飯綱の考えている通りじゃ。旅に出よ。記憶を探し、追い求める旅に。」

そう告げた大婆様はそれっきり口を開くことはなかった。




―――――――――――――――





「さて、方向性も決まったことだし」

「「「「宴だー!!!!」」」」



大婆様との面会後、女ひとり旅では心許ないと長の息子である樹、その側近奏が同行することとなった。

記憶のない私は大雑把な知識はあれど、世の中についてあまり詳しくはない。

とてもありがたい話だったが、正直あの息子は苦手だ。


「おい、俺はお前を認めたわけじゃないからな。だが長に命じられれば仕方がない。女みたいになよなよしてんだから俺らの護衛を光栄に思え」


どうやら出会ったときの尊大な物言いは彼の素ではなかったようだ。

奏曰く、「格下に見られないように」とのこと。

肩のこるような話し方ではなくなっただけマシなのだがいかんせん、恩着せがましい。


「私は別に頼んでなどいない。ついてくると駄々を捏ねたのはそちらだろう」

「だ…っ、だだ、この俺様がだだ…っ」


どうやら矜持が「駄々を捏ねる」という子供の代名詞たる言葉を口にすることを許さないようだ。


「事実だろう。やれ成人したのだから、やれ世界を見ることが良い長となる材料になる。そう交渉していたではないか」


怒りか羞恥かわからないが顔を真っ赤にさせている。

炎が出ていないということは多分後者が理由だろう。

それにここが宴の場であるということも関係していると思われる。

この雰囲気に水を差すような真似をしないあたり、さすがこの国を統べる(予定)の者と言える。


そう、お祭りが大好きな火狐族の方々は激励と称して酒をかっくらっている。

円になって飲めや歌えやの大騒ぎ。

男たちがとってきた鹿はなんと豪快に丸焼きに。

その他にも女たちが腕によりをかけた料理が所狭しと置かれていた。


「おーい若!若も混ざりましょうや!」


震える手を握って何か言おうとしていた樹に向かって男たちから声がかけられた。

誘われたのは円の中心で行われている闘い。

といっても武器なし防具なしで取っ組み合うだけのものだが、体の鍛えた男たちから出た熱気が渦巻いている。

ルールは簡単、相手を先に地面へ沈めた方の勝利となる。


「おう!」


樹は言うが早いか上衣を脱ぎ捨て、意気揚々と向かった。


「ごめんねー、樹はちょーっと短気なんだけどとーってもいいやつなんだー」

「あれがちょっとと言えるとは、奏はいったいいくつだ」


半ば呆れ気味に問うと


「今年15かなー、多分。樹の3つ下だけど気持ちとしては僕のほうが兄ってかんじかなー」

「奏も大変だな」

「んーでも僕は樹が大好きだし、この人たちを守るためならなーんだってするつもりだよー」


迷いもなく言った奏の目が昏く光っていたことには気付かなかった。

例えこの時に気がついていたとしても、当時の私はどうすることもできなかっただろう。


「そういえばー楓はいくつ?」

「記憶が正しければ16だ」

「わーまさに妙齢の女性だー。ごめんねー男のふりをさせるとはいえこーんなむさくるしい宴に参加させちゃって」



ここに女たちの姿はない。

男尊女卑とは違うが男と女が同じ食卓を囲むことは、やはり家族だけなのだと言う。

酒が入れば不埒な輩も出るだろう、女に不快な思いをさせたくはないという隠された配慮がそこにはあった。


「いいや、とても楽しい。それにこんな格好では誰も女とはわからないだろう」


見るに堪えない大やけどが体中を巡っているため。

という長の通達によって楓は全身に布を纏っていた。

目元しか見えないこの容貌では誰も女とは見破れないだろう。


「しかし…なぜ樹にも性別を隠す必要がある。これから共に旅をするのに不便ではないか」

「うーんそれもそうなんだけどさー。なんせうちの若様ったらさー女性に対する耐性がまーったくぜーんぜんこれっぽーっちもないんだよねー。女性とまともに話せないしー目すら合わせないしー夜伽の訓練だって逃げ出すヘタレだからなー」

「それは大事だ。私が女だと知ったら円滑な旅は望めないな」


からかう色を含む言葉ににうなずく楓。

それになぜか慌てる奏。


「ちょっとちょっとー。夜伽なんて聞いてそんなに大真面目に返さないでよー。僕が恥ずかしくなっちゃうじゃーん」

「なぜだ?跡目を継ぐ者が子孫を残すことは必要不可欠。そのために女を悦ばせる技を身に付けることくらい当然だろう」

「それはそうなんだけどー」


乙女なんだからもっと恥じらいとか…。

とごにょごにょ言う奏が不思議だったが、どうやら望んでいた対応ではなかったようだ。

酒で口を湿らせ、なんと言葉をかけようか。そう考えを巡らせていると声がかかった。


「楓どの!あなたも混じらんか」

「やめとけやめとけ。あんな線の細い男、俺らと組めばぱきっと折れちまうよ」

「まさにぽきっと、枝のようにな」


あからさまな挑発に乗る気はなかった。

そう、本当に乗る気はなかった。


「こんな大勢の前でみっともなく負けたら、体より心が折れちまうだろ」

「若様、それはひでえや」


周りと豪快に笑う姿に私の心がちょっと動いた。


「…気が変わった。若君、お相手願おう」

「ちょ、楓ちゃんだーめだよ。樹は強いんだからー」


袖を引く奏には申し訳ないが、見据える先のにやけた男に一泡吹かせたいという気持ちが湧いてくる。


「いいね!しかしその服着たままでいいのかい」

「若様は強えぞ!」


「布を取るわけにはいかぬのでこの格好で失礼」

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