始まり
「誰だ。」
「…まず自分が先に名乗るのが礼儀というものではないのか。」
水を飲む手を止めて首の布を口元へと引き上げ振り向くと、目を怒らせた青年がこちらへ切っ先を向けていた。目どころか全身に怒りを纏っている。その後ろには穏やかな顔をした少年。
「火狐族の大切な水を無断で使うような輩に名乗る名などない。」
「火狐族…。ここは火の国か?」
よく考えれば、ここには見渡す限りの岩と太陽。火の国以外のなにものでもないことは明白。やはりそれほどまでに混乱している、ということだろうか。
「貴様…っ!知らなかったなどとは言わせぬぞ!ここは火の国でも中心に近い場所。知らぬ存ぜぬがまかり通るなどと思うな!」
通常であればそうだろう。ここは火の国、太陽に愛された土地。故に干からびた大地に作物は育たず、たまに見つかる砂金によって周辺諸国との国交を維持している。
今でこそ水の気配のない土地だが、大昔ここ一帯は豊かな森と聖なる山に守られた土地だったらしい。だからこそ砂金が取れるのだろうが。
さらに巨大な塩湖が数個あり(正確な数は公表されていない)、そこから作られる塩は最高級品として主に上流階級の間で大いに使用されている。
こうしたこともあり、国境はかなり厳重に警備されている。入国者には人数に応じて必ず2人以上の火狐族の者がつけられ、決まったルート以外に足を踏み入れることはできない。
ある種「鎖国」といっても過言ではないような政治体制によって、昔ながらの暮らしを維持し、人々は慎ましく暮らしている。
目の前の激昂した青年を尻目に思考を巡らせた楓はやっと口を開いた。
「大事な水を勝手に飲んでしまってすまない。だが本当にここがあなた方の土地とは知らなかった。話を聞いてはくれないか。」
―私も混乱しているのだ。
いっそ困惑した表情を隠さずそう締めくくると、ますます殺気立った青年が口を開く前に、
「この人、嘘はついてないよー」
この緊迫した空気に似合わない、なんとも間延びした声が言った。
その少年をよく見るとフードから覗く髪の毛は金とも白銀とも言える不思議な色をしており、明るい黄緑の瞳は大きく少しつり上がっていたずらっ子のように笑っていた。
「うん、僕の未熟な技でもわかるもーん。ね?」
にっこりと笑う彼に目の前の青年は渋々、本当に渋々といった表情で剣を収めた。
「こんにちは初めまして、僕は雷猫族の柏木奏。君の名前はー?」
「楓。雷猫族と言ったが…」
言いよどんだ私の伝えたいことがわかったのか笑みを絶やさないその少年は説明してくれた。
「僕、男の三毛なんだ、珍しいでしょー。だから髪の色が茶色じゃないの。」
言いながらフードを外すと、太陽に煌くその色になぜか親近感を覚えた。
「…君には何色に見える?」