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5分のお茶会と半分の月  作者: くらげ
5分のお茶会と半分の付き
11/12

半分の月

 翌日の朝、アレスが目覚めるとイリーナが思いつめた様子で自分の首筋にはさみを押し当てていました。



「イリーナちゃん、アレスのところでお泊り会したの? 枕投げ大会したのかな?」

「……まーな」


 ミク。そこはさらっと流すところだ! 


「パパもママと枕投げするよね」


いや、あれは、奥さんがちょっとだけ怒っている時に投げているだけで……別に楽しく遊んでいるわけではない。こっちはほとんど投げ返さないし。


 ちなみに中ぐらい怒っていたら、辞書が飛んでくる。


「そんなことより、話の続きだ」



 アレスがイリーナを止めようとしますが--


 ばさり


 きれいなオレンジ色の髪の束が床に落ちます。


「どうして」


 イリーナが自分の髪を切った理由がわからずアレスは呆然とつぶやきます。

 この国では、長く美しい髪は女性の一つの美と考えられていましたから、ほとんどの女性は背中くらいまでの髪をしています。


「この姿の方が、あなたは私を見てくれるでしょう。 それともし、古着があったらいただけますか?」


 確かに、髪が短いと彼女を女性だと思って身構えなくて済みますが、たったそれだけのためにあの太陽の光をたっぷり受けた鮮やかなオレンジのような髪を切るなんて。


 アレスは申し訳ない気持ちになりながら言いました。


「こっちに背中を向けるんだ。髪をそろえてやるから」



 その日の朝早く、イリーナの両親は娘を取り戻しにアレスの家を訪れますが、ばっさりと髪を切ったズボン姿のイリーナが「アレスさんの妻になったので帰りません」と宣言したため、イリーナのお父さんはアレスに殴りかかろうとしましたが、謎の雷に阻まれた上、イリーナのお母さんがショックで倒れてしまいました。

 倒れた奥さんをそのままにして喧嘩を続けるわけにもいかず、イリーナのお父さんは奥さんを抱えて帰ってしまいました。

 


 婚約を反故にした上、男の人の格好をするイリーナの噂は瞬く間に村中に広まり、アレスの評判に引きずられる形で、イリーナの評判も急速に落ちていきました。

 

 

 ああ。娘がそんなことになったら、相手の男を殴るだけじゃ済まないな。


 俺? 清く正しい交際(門限……日没前)を守っていたおかげか、さほど反対されなかったな。


 まあ、現代日本では、女性が髪が短かろうが、ズボンをはいていようが誰も気にしないだろうが、周りの女性がみんな長い髪でスカートな中でそんな格好をしていたら奇異に見られるだろう。


 どこかの外国の町では最近まで女性のズボン着用が禁じられていたそうだし。



 『娘にひどい格好をさせるあんな男と一秒でも一緒にいさせてはいけない』

 

 娘を取り戻そうと夜中にアレスの家に行ったイリーナの両親はある光景を目にします。



 半月の下、アレスとイリーナはお互い顔をあわせず言葉も交わさずただ静かに月を見上げていました。


 静寂の中、淡い月明かりが二人の顔を照らします。  

 

 半人分の距離を開けて座るアレスとイリーナの手元は小指の先だけ重なり合っていました。


 娘の髪は男のように短髪で、服もズボン姿だというのに……


 決して壊してはいけない氷細工のようにもろく美しくて、なぜかほんの少しだけ温かい……。


 すべてが足りているわけではないけれど、何かを加えることも、削ることもためらう光景。



 イリーナの両親は言葉もなくその光景をいつまでも見ていることしかできませんでした。




 すべて読み聞かせ終わる頃には、娘は眠っていた。


 娘をベッドに寝かせた俺は居間に行き、洗濯物を畳んでいる妻の横でカッターシャツにアイロンをかける。


「ありがとね」


 妻の口から出た感謝の言葉が、娘を寝かしつけたことに対するものか、アイロン掛けを手伝っていることに対するものかは不明だが、俺は軽く「ん」と返す。


 妻に任せていたら、洗った直後よりもアイロンかけた後の方が皺が増えるから不思議だ。

 でも、自分のブラウスを犠牲にして、こそこそ練習しているのを知っているからな……ただ、不器用なだけで。


つき見ないか?」

「別に中秋の名月じゃなかったはずだけれど」


 そんなことを言いながらも、彼女が窓を開けて、俺らは並んで夜空を眺めた。  


「こうやって夜空を見上げるの一ヶ月ぶりくらいかしらね」


 妻が「うっかり忘れちゃうことが多くて」とのんびり付け加える。


 本当に昔から妻は空を眺めるのが、好きだ。


 俺が考えた娘の名前から『美空みく』を選ぶくらいには好きだ。


「きれいね。満月じゃないのがちょっと惜しいけれど」


 物語のように都合よく半月というわけでもない。

 三日月だ。


 薄雲がかかった月をぽけっと飽きずに眺める妻の小指に自分の小指を絡める。

 いくら妻がぼーとしていても、さすがに小指に夫が指を絡めきたら気づく。


 邪魔されて不機嫌そうな奥さんに俺は囁く。


「指きり」

「はぁ?」


 さっぱりわからないといった風に首を傾げる妻。


「ちょっとくらい良いだろう」


 俺がそう言うと妻は俺から視線をはずし、月を見上げた。

 ほんの少し居心地が悪そうに身じろぎするが、指は振り払われなかった。


 小指を絡めたところから、じわじわと熱が広がる。


「もう良いでしょう。暑苦しいから」

「冬場はお前の方から手を握ってくれるのにな」

「カイロよ。カイロ」

最後までお読みいただきありがとうございました。

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