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僕の戦国時代  作者: 虫松
第九章 天下統一編
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第三話 降伏しました。

桧ヶ根の戦い


白山林で惨敗した敗走中の三好秀次隊の兵を徳川軍が追いかけましたが

秀吉側の 堀秀政が三好隊を追う徳川先遣隊を迎え討つために桧ヶ根で陣り、

待ち伏せをして鉄砲隊、槍隊で撃退しました。

敗走してきた三好秀次に、自分の馬を与えた木下勘解由利匡が戦死しています。


仏ケ根の戦い(長久手の戦い)


羽柴秀次は桧ヶ根の戦いで勝利しましたが深追いは不利と判断

急いで自軍をまとめて北方へ退却を始めました。

徳川の本隊は仏ケ根、前山に陣を構えました。


【徳川連合軍】 約14300名


徳川 家康軍  3300名

井伊 直政軍  3000名

織田 信雄軍  3000名

伊達 正宗軍  3000名

中田 玄白軍  2000名



そのころ、岩崎城の戦いで勝利した池田恒興父子・森長可軍は

岩崎城での戦いで討ち取った約300の首実検くびじっけんをし、

朝食をとりながら祝宴を開いていた。そこへ、三好秀次敗戦の知らせが7時頃届いた。


首実検くびじっけん


討ち取った敵の首を持ち帰り、首の主を大将が検分したこと。

また、面識者に首の主を確かめさせた。


【秀吉連合軍】 約14000名


池田元助・輝政軍  4000名

森  長可軍    3000名

池田 恒興軍    2000名

堀 秀政軍    3000名

三好 秀次軍    2000名


仏ケ根の平地で両軍勢は睨みあった状態が約2時間続いた。



◇◇◇



午前10時頃、両軍入り乱れての死闘が始まった。


「伊達の騎馬鉄砲隊 突撃せよ!!」


伊達正宗の騎馬鉄砲隊1000騎が

秀吉軍本陣めがけ突撃した。


おおーあれが有名な伊達軍騎馬鉄砲隊かぁ

僕はウキウキした。

(きっと騎馬から華麗に乱射しまくるんだろうな。)


「止まれ―!!」


「放ってー」


パンパンパンパンパンパン


「たいきゃーーく!!」


あっ騎馬鉄砲隊が戻ってきた。僕の予想とだいぶ違う。


織田信長の三段撃ちと武田騎馬隊からヒントを得た、

騎馬鉄砲隊はもの凄く地味な戦法だった。

(別に馬に乗ってなくてもいいじゃん。

そうか退却するのは早いんだな馬に乗ってるから)


他力本願じゃ駄目だなぁ。

伊達正宗は、してやったりと後方でにんまりしている。

駄目だこいつ・・・


「装甲車部隊!盾の部隊前へ!」


「後方から火炎点火部隊とクロスボウガン部隊続けー!」


「ハングライダーとくノ一の部隊は後方撹乱せよ!」


僕がやるしかない。僕が歴史を変えるんだ!

中田軍2000名に命令をして僕は出陣した。



◇◇◇



長久手の戦いが始まった頃。

小牧城の城を守るように徳川家康より命を受けた

石川数正、酒井忠次、本多忠勝。

戦況は刻一刻と変わる中、秀吉の軍勢が出陣したとの一報が参ります。


本多忠勝は

「いまこそ秀吉の本隊、楽田へ火をつけて攻め込もう!」との声をあげます。

石川数正は無謀だと引き止めますが秀吉の馬印を目にした本多忠勝は

静止を振り切り、通り過ぎようとする秀吉2万の軍勢にの本多忠勝は、

たった500ほどの手勢を引き連れて秀吉軍を足止めしようと試みます。


◻◻◻


仏ケ根の戦い(長久手の戦い)


秀吉軍、森長可は今までの汚名を返上しようと、徳川の軍勢に果敢に

切り込んで行くものの井伊直政が300丁の鉄砲3段構えで待ち構えて

いました。無数の銃弾を浴びた森長可は眉間を撃ち抜かれ、

声もなく馬上より真っ逆さまに落ち戦死した。


戦いは一進一退の攻防でしたが、森長可の討ち死によりいっきに均衡が崩れた。

秀吉連合は烏合の衆、命をかけて戦う覚悟のない者ばかり敗走が続いた。

それに引き換え徳川の軍は統率がとれ纏まりがあった。


戦況は、圧倒的有利。

「よーし!狙うは三好秀次の総大将の首だ」


僕は装甲車に乗り、次々と敗走して行く秀吉連合軍の戦場を分断した。

2000の中田軍は後から続く。


池田恒興は陣中から立て直しをはかろうとしていたが家臣の大半が

逃げ出していた。反撃も退却も出来ない中途半端な状態で、戦場から敗走

しようとしますが馬を探している間に徳川の家臣に槍で突かれ討ち死にします。


三好秀次はわずかな兵と堀秀政に守られながら松河戸の渡し場から、船で

戦場から脱出しようとしていた。


「三好秀次!神妙にいたせ!」


僕は火炎点火部隊に呼びかけ、

重油を投げ入れた、


「なんだ、この黒い物体は・・」

堀秀政は、初めて見る重油の悪臭と黒くドロドロした液体

を頭から浴び驚愕した。


「火を入れろ!」


次々とクロスボウガンに火をつけ無数に矢を放った。


「あっーーーーー!」


全身火だるまとなり一瞬で大やけどを負った

堀秀政は、川に飛び込んだ。

焦げ臭い匂いとともに真っ黒

に焼けただれた体は静かに川へ沈んでいった。


川は重油が浮かび火がついている

停泊していた船は大炎上した。


「・・・無念だが降伏、致す。」


中田軍に囲まれ戦意の失った

三好秀次は武器を捨て降伏した。

(彼の子孫が冒頭に登場したサラリーマン三好君だと知ったのは

、かなり後のことであるが本編とは何の関連もない。)


戦国時代、寝返りや降伏は生き残る手段であり。

武士の恥ではなかった。また捕らえられた兵は

奴隷として売られ軍資金となった。


人買いという奴隷制度を禁止したのは豊臣秀吉である。

天正遣欧少年使節団(九州のキリシタン大名がローマ法王に会いに行った)

などで日本の奴隷が海外に売られたことが手紙に残っている。


仏ケ根の戦い(長久手の戦い)は徳川連合軍の大勝利となり

たった半日で徳川連合軍800人、秀吉連合軍3000人の死者を出した。


【乱取り(らんどり】

戦国時代、足軽兵として駆り出された農民は自給自足だった。

支給された食料や武器などなくなると戦地での略奪は容認された。



現在では柔道や合気道などの格闘技で自由に技を掛け合う

稽古などに使われる。



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