第10話 (最終話) この時代を変えた一滴の味
教会の前には、今日も人が並んでいた。
武具を抱えた足軽。
畑帰りの百姓。
子を連れた母親。
そして、名もなき旅人。
看板には、こう書かれている。
中田醤油
— 聖堂仕込み —
隣には、
赤い札で「ソース」、
甘い香りの「ケチャップ」、
白い壺に「マヨネーズ」。
どれも、爆発的に売り切れ。
教会の奥。
巨大な木桶の列は、もはや風景になっていた。
十字架。木桶。祈り。
発酵。
誰も違和感を覚えない。
この国は、
いつの間にか味で動くようになっていた。
夜。
灯りは蝋燭一本。
鍋が、ことり、と音を立てる。
中身は、まだ名のないスープの素。
全登と、僕は並んで座る。
外では、
戦の噂がまた一つ、消えていった。
全登
「人はな……」
鍋を見つめたまま、
静かに言う。
全登
「腹が満ちると、 人を殺す理由を、
忘れるもんじゃ」
僕
「……じゃあ」
火に揺れる鍋を見て、
ぽつりと返す。
僕
「この戦国で、一番強い武器は……」
全登は、
にやりと笑った。
全登
「醤油と鍋じゃ」
少し間を置いて、冗談めかして続ける。
全登
「どうじゃ?
次は鍋のスープの素、作ってみるか?」
僕は、笑った。
本当に、久しぶりに。
外に出る。
夜空。
星。
風。
教会の正面には、十字架。
その横には、巨大な木桶。
どちらも、
同じ高さで、
同じように立っている。
剣は、どこにもない。
遠くで、子どもたちが歌っている。
聖歌とも、童歌ともつかない旋律。
そこには、血の匂いはない。
あるのは、醤油の香りだけ。
僕は、思う。
この時代を変えたのは、
英雄でも、名将でもない。
一滴の味だ。
全登が、十字を切りながら、最後に言った。
全登
「主よ。 今日も、もろみ菌も人も生きました」
木桶の中で、
もろみが、静かに、未来を仕込んでいる。
【僕の戦国時代外伝 明石全登と僕の味つけ改革列伝】
—完結 —




