第4話 大豆と小麦と、神の気まぐれ
畑は、思ったよりも広かった。
いや、思ったよりも、何もなかった。
僕
「……草しかないですね」
全登
「最初はだいたいそんなもんじゃ」
教会の裏手。
十字架の影が、土の上に長く伸びている。
信徒たちは、鍬や鋤を持って集まっていた。
子どももいる。
年寄りもいる。
兵だった者も、元百姓もいる。
全登
「さて諸君」
手を叩く。
全登
「今日は戦はなしじゃ。 敵は、この土じゃ!」
キリスト信徒たち
「おおーー!!」
ノリがいい。
僕(内心)
(ほんとに宗教集団なのかこれ……)
鍬が振り下ろされる。
土が起こされる。
汗が飛ぶ。
最初は順調だった。
……最初は。
三日目。
害虫発生。
五日目。
大雨。
七日目。
なぜか芽が出ない区画。
僕
「おかしい…… 種は確かに植えたのに」
信徒
「夜に猪が出たかもしれません!」
別の信徒
「いや、鳥です!鳥が持っていきました!」
畑は、
神の沈黙に満ちていた。
その夜。
教会で祈りが捧げられる。
全登は膝をつき、静かに祈る。
全登
「主よ…… 我らに実りを……」
祈り終え、
立ち上がる。
そして、普通の声で言った。
全登
「……さて」
僕
「え?」
全登
「明日は水路を引くぞ」
僕
「祈りは……?」
全登
「祈りはした」
肩をすくめる。
全登
「じゃがな」
全登
「祈りは奇跡を起こすが、 畑は耕さんと実らん」
信徒たち
「……」
全登
「神は“代わりに働く”とは言わん」
「“共に働く”だけじゃ」
翌日。
水路を掘る。
防虫の網を張る。
鳥よけを立てる。
失敗しながら、
一つずつ覚えていく。
それでも足りない。
僕
「……この時代の品種じゃ、 醤油には向かないかもしれない」
全登は少し考え、
にやっと笑った。
全登
「なら 遠くから呼ぼう」
数週間後。
港。
異国の商人。
オランダ語混じりの日本語。
「ダイズ」
「コムギ」
木箱に詰められた、
異国の種。
全登は胸の十字架を握り、
喜びの聖歌を歌い始める。
♪ 主よ〜 海を越えし種に〜
感謝を〜
信徒たちも、
自然と声を合わせる。
畑に立つ僕は、
風に揺れる土を見つめた。
僕(内心)
(神の気まぐれかもしれない)
(でも——)
(手を動かした分だけ、 未来は変わる)
大豆と小麦は、
まだ芽も出ていない。
だがこの日、醤油への道は、確かに始まった。




