第3話 醤油がない世界は地獄である。
豆腐が、白い。
(豆腐は奈良時代から平安時代にかけて中国から日本に伝わった。)
ただ白い。
あまりにも白い。
魚も、焼かれている。
香ばしい。
……だが、その先がない。
卵は、温かいご飯の上で、
ただ黄身を震わせている。
僕は箸を持ったまま、
完全に動けなくなっていた。
僕
(……四十年だ)
(四十年間、僕は毎日どこかで醤油を欲していた。)
(朝の卵かけご飯)
(昼の定食)
(夜の煮物、刺身、ラーメン……)
(それが今)
箸を置く。
僕
「……無理だ」
全登
「ん?」
僕
「無理です、ドン・ジョアン」
全登は豆腐を口に運び、
もぐもぐと噛みながら首を傾げる。
全登
「豆腐じゃが?」
僕
「違う。豆腐は悪くない」
僕は天を仰ぐ。
僕
「……この時代、味が……足りない」
沈黙。
信徒たちが一斉にこちらを見る。
全登は、少し考えてから、
にやっと笑った。
全登
「なるほどのう」
僕
「塩はある。味噌もある。
でも、つなぐものがない」
「まとめるものがない」
「全部が、バラバラなんです」
全登は、ゆっくりと頷く。
全登
「……主はな」
包丁を置き、
胸の十字架に手を当てる。
全登
「完成した世界は作らんかった」
僕
「え?」
全登
「未完成にして、人に任せたんじゃ」
一拍。
全登
「ほう」
そして、ぽん、と手を打つ。
全登
「なら作ればよかろう」
僕
「……はい?」
全登
「主は“祈る者”も好きじゃが、
“手を動かす者”がもっと好きじゃ」
そう言って、全登は突然、歌い出す。
♪ グロ〜リア〜
イン・エクセルシス・デオ〜
またか、と思ったが、
今回はちょっと違う。
♪ 主よ〜 この者に〜
豆と麦と〜
時を与えたまえ〜
信徒たち
「……?」
「歌詞、今作った?」
全登
「細かいことはええ!」
歌い終え、
全登は僕の肩をがしっと掴む。
全登
「ヨハン殿」
「この教会の台所から、 地獄を終わらせようではないか」
僕は、白すぎる豆腐を見つめた。
そして、
静かに頷いた。
僕
(そうだ)
(醤油がない世界は、地獄だ)
(なら僕が作る)




