第1話 教会の台所にて再会
場所は城ではない。
槍も甲冑も並んでいない。
教会である。
天井は高く、光は色ガラスを通って床に落ち、
巨大なマリア像と、磔にされたキリスト像が、
「お前の人生、だいたい見てきたぞ?」という顔で見下ろしている。
(……視線、強くない?)
そんな厳かな空間のど真ん中に
鍋。
しかも、でかい。
ぐつぐつ音を立てている。
完全に場違いだ。
「おお! ヨハン殿じゃろ!」(僕の洗礼の名前)
振り向くと、そこにいたのが
明石全登 洗礼名は(ドン・ジョアン)。
がっしりした体躯、戦で鍛えた肩幅、
胸には十字架、腰には槍。
(槍、外さないんだ……)
「いやぁ、久しぶりじゃのう!
元気しとったか? 戦はどうじゃ?」
「い、いえ……その前にですね」
僕は鍋を指差した。
「ここ、教会ですよね?」
全登はきょとんとした顔で言った。
「そうじゃが?」
「……台所じゃなくて?」
「教会じゃ。 じゃが――」
全登はにっと笑い、鍋を叩いた。
「腹が減っとっては、神の声も聞こえん」
(名言っぽく言うな)
その瞬間、
奥から聖歌隊の歌声が響き始めた。
♪ あ〜めぇぇ〜ん〜〜 ♪
同時に、子どもたちが教会の中を全力疾走。
「待てー! それ僕のパン!」
「神様の前で走るなー!」
(秩序! 誰か秩序を!)
だが全登は気にしない。
「ほれ、ヨハン殿。立っとらんで、こっち来い」
「い、いいんですか?」
「ええからええから」
そう言って、全登はいきなり鍋の前で立ち止まった。
そして。
すっと背筋を伸ばし、十字架をぎゅっと握り――
「……主よ」
(来た)
「この乱れた世で、 迷える魂と、空腹の腹に、
恵みを与えたまえ……」
(料理前に祈るんだ!?)
全登の声はやけに真剣だった。
「今日の具材が焦げませんように。
塩を入れすぎませんように。 そして、この鍋が、
争いの火種になりませんように……」
(祈りの内容、だいぶ現実的だな)
「……アーメン」
聖歌隊も、なぜかタイミングを合わせて、
♪ ア〜〜メンッ! ♪
(完成度高っ)
全登は顔を上げると、
何事もなかったようにお玉を持った。
「よし。では作るかの」
「いやいやいや! 祈りからの切り替え早すぎません?」
「戦も料理も、 迷っとる暇はない」
(この人、思考が全部武将基準だ)
鍋の中では、野菜と何かよく分からない干物が泳いでいる。
「これは?」
「干し魚じゃ。昨日、信徒がくれた」
「味付けは?」
「……まだじゃ」
全登は僕を見た。
「ヨハン殿」
「はい」
「味とは、何じゃ?」
(急に哲学)
「えーと……うまいかどうか、ですかね」
「違う」
全登は真顔で言った。
「味とは、人を黙らせる力じゃ」
(怖い定義出た)
「どんなに怒っとる者でも、 うまいものを食わせると、
一瞬、黙る」
「……確かに」
「その隙に、話をする。 それが一番、血が流れん」
(この人、戦国最強の料理思想持ってる)
鍋がぐつぐつ煮え、
香りが教会に広がる。
子どもたちが寄ってくる。
「お腹すいたー!」
「それ、なにー?」
全登はしゃがみ込み、目線を合わせた。
「これはな、 戦わんための飯じゃ」
子どもたちは意味が分からず、
でもなぜか笑った。
僕はふと、思った。
(この人となら…… 戦国で、
とんでもないことが出来るかもしれない)
城ではなく、
陣でもなく、
教会の台所で。
鍋の湯気の向こうで、
マリア像とキリスト像が、
少しだけ優しい顔をしていた。
気がした。
(……気のせいか)
全登が振り向く。
「さて、ヨハン殿」
「はい?」
「戦の話は、飯の後じゃ」
「ですよね」
鍋の蓋が、開いた。
ここから始まるのは、
戦国最大のクッキング計画だった。




