第7話 北海道(蝦夷)へ
蝦夷へ
北の海は、色が違った。
本州で見慣れた青よりも、深く、重く、そして静かだった。
船が港に入ると、冷たい風が頬を打つ。
伊達政宗は、兜を外したまま、その風を正面から受けていた。
「……なるほどな」
低く、感心したような声。
「人の気配が、薄い。
だが空と山と海は、騒がしい」
僕はうなずいた。
蝦夷地。(北海道)
ここは、まだ「国の論理」が染み込んでいない土地だ。
「で、だ。お前は言ったな」
政宗がこちらを見る。
「この地で、“リゾート”なるものができるか、見たいと」
「はい。ただし――
奪って作る開発ではありません」
「ふむ」
政宗は口元を歪めて笑った。
「面白いことを言う。
普通、土地とは奪うものだ」
その瞬間、
僕らの前に現れたのは、アイヌの人々だった。
最初の壁は、武力でも政治でもなかった。
ことばだ。
彼らの話す言葉は、日本語ではない。
語順はどこか似ているのに、決定的に違う。
「~が」「~を」「~する」
そう並ぶが、意味の捉え方が異なる。
そして、文字がない。
かつては、すべて口伝だった。
政宗が、珍しく戸惑った顔をする。
「……通訳がいなければ、交渉にもならん」
「交渉、という言葉自体が違うかもしれません」
そう言うと、政宗は眉を上げた。
■ カムイの世界
アイヌの長老が、焚き火の前で語る。
山も、川も、火も、風もすべてがカムイ。
動物は「資源」ではない。
カムイが、肉や毛皮という土産を持って、人の世界に来ているだけ。
「だから、奪うのではない。預かり、送り返す」
その象徴がイオマンテ。
霊魂をもてなし、
再びカムイの世界へ送り帰す儀礼。
政宗は、黙って聞いていた。
「……俺たちは」
ぽつりと、政宗が言う。
「山を切り、川を変え、
“役に立つかどうか”で、すべてを測ってきた」
「はい」
「それは、強くなるためだと思っていた」
焚き火が、ぱちりと音を立てる。
「だが この地では、それが“破壊”になる」
政宗は、刀の柄に手を置いたまま、動かなかった。
僕は、地図を広げた。
「ここに、宿を作る。でも、山は削らない」
「海も、囲わない」
「案内するのは、アイヌの人々自身です」
政宗が、はっとしてこちらを見る。
「……支配しない、ということか」
「共に生きる、です」
狩猟、採集、漁。
サケが遡上する川。
チセでの暮らし。
衣服、食事、祈り。
それ自体が、すでに観光資源だった。
だが、見世物にはしない。
長い沈黙の後、
伊達政宗は笑った。
それは、戦場の笑みではない。
「なるほど。
これは新しい“国のかたち”だ」
「奪えば、短く終わる。
だが、共に守れば、永く続く」
そして、こう言った。
「よし。 蝦夷では、刀を抜かぬ」
「代わりに未来を売ろう」
夜。
焚き火の煙が、星空に溶けていく。
アイヌの人々は、昔のままではない。
だが、失われたものを取り戻しながら、
今を生きている。
僕と政宗は、その輪の外で、同じ空を見上げていた。
「なあ」
政宗が言う。
「国とは、何だと思う?」
僕は、少し考えてから答えた。
「守ると決めたものの総体です」
政宗は、満足そうにうなずいた。
蝦夷の夜は、静かで、深く、
そして始まりの匂いがしていた。




