第2話 奥州の地図を広げろ
「地図を広げよ」
伊達政宗はそう言うと、畳の上にでかすぎる地図をドンと放った。
東北全域。
山、川、港、街道、そして——赤い墨で印がついた温泉地。
「多いな……」
「多すぎるな」
二人同時に言った。
鳴子、秋保、乳頭、酸ヶ湯、蔵王、銀山。
名もない湯も含めれば、数え切れない。
「湯は点だ」
政宗が地図を指でなぞる。
「だが——」
指が、線を引く。
「道を通せば、線になる」
僕は頷いた。
「線が交われば、街になる」
「そして——」
政宗がニヤリと笑う。
「仙台が“中心部”になる」
仙台。
海があり、平野があり、
内陸にも山にも手を伸ばせる場所。
「港を起点にする。
船で人を呼び、
そこから街道で温泉へ流す」
「まるで血管ですね」
「国とは、そういうものだ」
一瞬、奥州の王の目になった。
だが。
「……問題は、道だな」
地図の中央。
奥羽山脈。
「ここを通さねば、点は永遠に点のままだ」
「山を、掘る?」
「掘る」
政宗は即答した。
その瞬間、空気が少し重くなる。
数日後。
現地。
山の腹に、人が張り付いている。
つるはし。
木の支え。
完全に手掘りだ。
「……これ、戦争ですね」
僕が言うと、政宗は鼻で笑った。
「戦より、よほど難しい」
掘っても掘っても、岩。
ある日、突然
「水だ!!」
山が、泣いた。
冷たい水が噴き出し、掘った穴に一気に流れ込む。
「支えがもたん!!」
次の瞬間。
ズズズ……ドン!!
崩落。
土と岩と水が、
人を飲み込もうとする。
「引けぇぇぇ!!」
命懸けで逃げる作業員たち。
政宗は、歯を食いしばって見ていた。
「……道一本通すのに、人の命がいる」
「だから、やめますか?」
僕が聞くと、政宗は振り向いた。
「馬鹿を言え」
その目は、冗談を許さなかった。
「破壊は一瞬。建設は、死闘だ」
夜。
焚き火の前。
政宗は、珍しく静かだった。
「なぁ」
「はい」
「この道が通ったら、人は笑うだろうな」
「ええ」
「湯に浸かり、酒を飲み、
また帰っていく」
少し間を置いて。
「……その笑いの下に、今日の血が埋まる」
「それでも?」
政宗は、はっきり言った。
「それでも、通す」
奥州の王は、剣ではなく、道を選んだ。
地図の上に引かれた一本の線は、
まだ夢だった。
だがその夢は、すでに人の命の重さを持っていた。
こうして
温泉リゾート計画は、遊びではなく、
国家事業になった。




