第9話 ホームラン宣言しました。
金棒 対 槍。
冷静に考えれば、勝敗は見えている。
答えは槍が圧倒的に有利。
槍が有利な最大の理由
間合いの長さ。
刀と槍。
団体戦では、槍が主役になるのは歴史が証明している。
元寇の折、日本の武士は“突くためだけの武器”に初めて直面し、
斬ることしか知らなかった刀は、距離の前に苦戦した。
しかし。
一度、懐に入れれば刀は強い。
だが
弥助の武器は、金棒。
重く、長く、振りが遅い。
(……不利だ)
僕は唇を噛んだ。
(あんな重い金棒、槍の間合いに入らなければ、
当たるはずがない)
同じことを、
徳川家長も考えていたはずだ。
関ヶ原の盆地に、強い風が吹き抜ける。
砂と血と火薬の匂いが、渦を巻く。
「ペッ、ペッ!」
弥助が、両手に唾を吐いた。
指を広げ、金棒の柄を噛みつくように握り直す。
肩が、沈む。
腰が落ちる。
構えた。
「……では、参ろうか」
家長が、駆け足で間合いを詰める。
突き。
✴︎キィン!
✴︎✴︎キキィン!!
✴︎キン!
金棒と槍が、火花を散らしてぶつかり合う。
弥助が金棒を横薙ぎに振る。
だが
ブォン!!!
空振り。(ワンストライク)
重い金棒が、風を切るだけ。
その隙に、
家長が半歩踏み込み、突く。
「ぐぁっ!」
槍先が、弥助の右脚をえぐった。
血が飛ぶ。
家長は、すぐに距離を外す。
ヒット・アンド・アウェイ。
当てて、離れる。
追わせて、外す。
(……教科書通りだ。確実にダメージを与える。)
「いてぇな、ちくしょう!!」
弥助が吠える。
だが、次の金棒ノ一振りも
ブォン!!!
空振り。(ツーストライク)
今度は右腕。
槍が肉を裂き、血が走る。
ぶぅん!!
振り向きざまの一撃。
しかし、家長はすでにそこにいない。
風だけが、残った。
「もう少し、楽しめると思っていましたが」
家長の声は、冷たい。
「期待外れですな。
黒鬼退治も、次で、お終いでしょう」
完全に、弥助を仕留めに来ている。
その時、弥助が叫んだ。
「タイショウ!!
今、野球で言うとどんな状態ダヨ!?」
「2回空振りだから……2ストライク、2アウト、満塁だ」
「じゃあ次で打たなきゃ、
ホームランを打たなきゃ、
ゲームセットじゃねぇかよ!!」
弥助は、片手で金棒を前に突き出した。
まっすぐ。
イチローのように。
次は必ず当てる宣言をした。
(……弥助、無理だ。当たるはずがない!)
僕は思った。
「黒鬼は、おつむの方も弱そうだな!」
家長が、踏み込む。
勝負を決めに来た。
弥助が、大きく振りかぶった。
あまりに大きい。
あまりに、遅い。
(……終わる)
家長は確信した。
「死ねぇぇぇ!!」
トリアイナが、一直線に弥助の腹を狙う。
――その瞬間。
弥助の動きが、止まった。
金棒の振りかぶりを、やめた。
そして――
身体が沈んだ。
片膝。
前傾。
腰を落とし、金棒を前に差し出す。
低い。
異様に、
低い。
(……!?)
次の瞬間。
弥助が、突進した。
ゴッ!!
「・・・・・ぐっはぁああ」
家長が
槍を落とした。
金棒が、家長の腹に横から叩き込まれた。
鎧が、へこむ。
鋼鉄が、悲鳴を上げる。
家長の槍は、弥助の頭上を
空振り。
(……スクイズだ)
僕は、息を呑んだ。
【スクイズ】
英語で押しつぶす、搾り出すの意味、野球戦術で得点圏内のランナーが3塁にいる場合 ピッチャーが投げた瞬間、ランナーは走りだしバッターはバントをして、点を取りにいく。スーサイドスクイズとも呼ばれ決死の行為を表現するのにも用いられる。
弥助は、めり込んだ金棒を引き抜く。
そして
全体重を乗せて、金棒を横薙ぎ。
ブォン!!!
「がああああぁぁぁぁぁ!!」
腹を打たれ、
家長の体が、宙に浮いた。
後方へ。
無様に。
うつ伏せに倒れる。
(……野球だと、二度打ちだけどな)
でも
ここは、戦場だ。
弥助が、息を吐く。
「オマエさ、
オレをバカだと思ったろ」
血に濡れた金棒を、引きずりながら。
「下の人間だって、ナメてただろ」
一歩、近づく。
「それが――
オマエの弱さだ」
風が吹いた。
関ヶ原に、
一瞬の静寂が落ちた。
戦は、まだ終わらない。




