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【歴史ランキング1位達成】 累計331万1千PV 僕の戦国時代  作者: 虫松
第十三部 関ケ原の戦い 下

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第4話 手招きされました。

小早川秀秋隊は、完全に崩れていた。


陣は砕け、旗は倒れ、味方だった者たちは、いつの間にか姿を消していた。


死体。

泥。

血。

折れた槍と、潰れた兜。


「……ぜぇ……ぜぇ……」


秀秋は、息をするたび、肺が焼けるような痛みを覚えながら走っていた。


(なぜだ……なぜ、こうなった)


昨日まで、東軍が勝つと、疑いもしなかった。


(長政め……

あやつが、わしを焚きつけなければ……

寝返れなどと、囁かなければ……!)


後悔は、怒りとなり、

怒りは、恐怖に変わる。


「秀秋はいたか!!」


遠くで、立花隊の怒号が響く。


「まだ見つかりませぬ!!」


(見つかるな……


見つかるな……!)


歯を食いしばり、

秀秋は鈴鹿山の斜面を転がるように逃げた。


鎧は重く、

兜は邪魔で、

誇りだった装束が、今は命を奪う枷だった。


ついに膝をつき、泥の中に身を伏せる。


腹ばいになり、

草を噛み、

息を殺す。


(東軍と合流できれば……

家康に会えれば……わしは、まだ……)


生き残ることしか、考えていなかった。


武名も、義も、忠も、

すべて捨てていた。


その時


「……こっちへ来なされ」


声がした。


茂みの奥から、

農民が一人、顔を出した。


粗末な着物。

土に汚れた手。


「た、助けてくれるのか……?」


秀秋の声は、震えていた。


「そうじゃ。早う来なされ」


疑う力も、残っていなかった。


秀秋は、よろめきながら農民について行った。


連れて行かれたのは、

山陰の馬小屋だった。


獣の糞の臭い。

湿った藁。


「……み、水は……」


農民は黙って頷き、裏へ消えた。


秀秋は、藁の上に崩れ落ちる。


「はぁ……はぁ……」


(明日……

使いを出せば……なんとか……)


微かな希望。

それだけが、心を繋ぎ止めていた。


その瞬間。


「今じゃ!! やれぇええ!!」


怒号。


四方から、

足音。


「な――」


次の瞬間。


ブスッ


脇腹に、竹槍が突き立つ。


「ぐぁっ!!」


ブスッ ブスッ


背中。

腿。

肩。


逃げ場はない。


「うわぁあああああ!!」


農民たちが、

獣を仕留めるように、

無言で、執拗に、槍を突き立てる。


「や、やめ……

わしは……

わしは小早川――」


ブスッ


口に、槍の穂先が突き刺さる。


歯が砕け、

血が噴き出す。


「がぁ……ぁ……

母……さ……」


ブスッ


喉。


声は、泡となって消えた。


秀秋は、

藁の上で痙攣し、

やがて動かなくなった。


農民の一人が吐き捨てる。


「金になる鎧じゃ」


別の者が、首を蹴る。


「武将様も、こうなるとただの肉じゃな」


兜は剥がされ、

鎧は外され、

刀は奪われた。


名も、身分も、誇りも、すべて奪われた死。


それが、

小早川秀秋の最期だった。


その頃


散り散りに敗走する小早川隊を、

高みから見下ろす男がいた。


毛利輝元。

「……西軍に、勢いあり」


拳を握る。


「今こそじゃ。

一気に東軍を攻め、勝負を決する!!」


「毛利全軍!山を駆け下りよ!!」


「「えいえいおー!!

えいえいおー!!」」


ついに、

山が、動いた。


その裏で、

小早川秀秋という名は、

誰の口にも上らなくなっていた。


誰も、彼の死を、悼まなかった。




立花宗茂は、陣の中央に立っていた。


血と硝煙の匂い。

土を踏みしめる足音。

遠くで鳴り続ける太鼓と、断続的な鉄砲の音。


そのすべてを、

宗茂は静かに聞いていた。


ふと、視線を南宮山へ向ける。


遅い。


しかし、次の瞬間。


「……来たな」


低く、独り言のように呟いた。


山の稜線。

そこに、無数の軍旗が、わずかに揺れた。


風ではない。

人の動きだ。


「山が――ついに動いたか」


その声には、驚きも、焦りもなかった。

あるのは、確信だけだった。


家臣が駆け寄る。


「はっ!

西軍、全軍動き出しました!

毛利勢、山を下っております!」


宗茂は、ゆっくりと頷く。


「やはりな。毛利は、勝ち筋が見えぬ戦には動かぬ」


一拍置き、鋭い目で戦場を見渡す。


「……小早川が崩れ、

東軍が前に出すぎた。今なら背を討てる」


まるで、

盤上の石を指すような口ぶりだった。


「中田殿は?」


「笹尾山を脱し、宇喜多勢と合流したとのこと!」


宗茂の目が、僅かに細まる。


「生きておられたか。

……ならば、勝負はまだ終わっておらぬ」


腰の太刀に手をかける。


「これより、我ら立花隊は中田殿の援軍に向かう。

全軍、支度を整えよ」


「はっ!」


兵たちが一斉に動き出す。

その背中を見送りながら、家臣が問う。


「……小早川秀秋殿は、追われませぬか?」


宗茂は、振り返らなかった。


「追う必要はない」


淡々と、言い切る。


「秀秋殿は、豪奢な兜、鎧、名刀を身に着けておろう」


一瞬の沈黙。


「……ならば」


宗茂は、低く続けた。


「今ごろ、

どこぞの山陰で、落ち武者狩りにでも遭うておる」


家臣が、息を呑む。


「戦とは、そういうものよ」


宗茂は馬に跨り、

最後にもう一度、南宮山を見た。


動き出した毛利の軍勢。

逃げ場を失う東軍。

そして

「……中田殿」


小さく呟く。


「生き延びてくだされ。この戦、まだ終わらせはせぬ」


太刀を抜き、天を指す。


「立花隊!進軍――!!」


「おおおおおお!!」


鬨の声が、戦場を震わせた。


名将・立花宗茂は、

勝敗の流れが変わる瞬間を、

誰よりも早く、正確に見抜いていた。


そしてその刃は、

静かに、しかし確実に決着へと向かっていた。


___________________


【落ち武者狩り】

戦場で田畑などめちゃくちゃに焼かれた農民が負けた武将の武器や防具や着物を略奪して金品や自分の物にして損害を取り戻した。

また乱取り略奪からの自衛のためでもあった。


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