第6話 作戦会議をしました。
西軍本陣 笹尾山
関ヶ原二日目を前にした夜
日が沈み、関ヶ原一帯を覆っていた霧は、夜気とともに再び地を這い始めていた。
昼間に踏み荒らされた湿地は、もはや土ではない。
血と泥と内臓と鉄が混ざり合った、赤黒い沼だ。
笹尾山の中腹。
西軍本陣には、焚かれた松明の赤い火が点々と揺れている。
兵たちは誰も声を出さない。
呻き声すら、昼で尽きた。
武具を脱げないまま倒れ込む者。
仲間の名前を呼びながら、もう返事がないことに気づき、黙る者。
甲冑の隙間から血を垂らしながら、それでも槍を抱いて眠る者。
ここは、勝者の陣ではない。
まだ生き残っている者たちの、墓場の前室だ。
本陣・作戦会議
粗末な机代わりの板を囲み、
僕、石田三成、島左近の三人が座っていた。
机の上には地図。
しかし血と泥で滲み、もう“線”として機能していない。
「……一日、よく持ったな」
島左近が低く言った。
それは称賛でも安堵でもなく、事実の確認に近かった。
「今はな、殿」
左近は地図の上に置いた指を、ゆっくり滑らせる。
「徹底防御で、敵の大群をどうにか押し返しているだけだ。
勝っているとは言えん。耐えているだけだ」
「……だよな」
喉が乾く。
水を飲んでも、からからだ。
石田三成ことミッチーは、珍しく腕を組んだまま黙っていたが、
やがて堪えきれないように口を開いた。
「殿。
毛利輝元殿、小早川秀秋殿に、再度使者を立てるべきです」
声は冷静だが、語尾が硬い。
「明日も軍を動かさぬなら、命令違反として処断を示さねばなりません」
「……処断、ね」
僕は苦笑した。
「まぁ、そうなんだが。東軍へ寝返りされても困るしな。
なんとも微妙なバランスだよな」
「それは」
三成の眉がぴくりと動いた。
「殿は“バランス”と申されるが、それは恐れです(殿は時々、南蛮の言葉を使われる)」
(あー……来たよ説教)
「我らは家康打倒の義のもとに集った軍団。命令を恐れて出せぬなど、軍ではありません!」
(義、義、義……
ミッチー、それ綺麗ごとだってわかってるだろ……)
心の中で毒づきながらも、僕は黙っていた。
島左近が、間に割って入る。
「三成殿。殿の言葉にも一理ある」
左近は三成を見て、次に僕を見る。
「西軍は一枚岩ではない。
それを無理に“義”で縛れば、割れる」
(ありがとう左近……君は空気が読める)
「しかし殿」
左近の視線が鋭くなる。
「このままでは、状況は必ず悪化する」
「……わかってる」
僕は額を押さえた。
「徳川秀忠の援軍、三万八千。あれが来たら、終わりだ」
本陣の外から、呻き声が聞こえた。
傷兵だ。
誰かが水を与えている。
「明日までに決めたいんだが。」
そのときだった。
布を揺らし、黒装束の女が膝をついた。
「ご報告申し上げます」
「申せ」
「小早川秀秋殿の軍勢。
南宮山より、西へ移動の準備を始めております」
空気が凍った。
「……己ィ!!」
三成が机を叩く。
「報告もなく持ち場を離れるとは!
殿、あの小僧を即刻、処断すべきです!」
「……」
僕は地図を見た。
小早川一万五千六百。
大谷吉継、二千。
(無理だ。正面からやったら、大谷吉継が死ぬ)
「……大谷殿に伝えてくれ」
「は?」
「“小早川、謀反の恐れあり”と」
三成が息を呑む。
「しかし殿!大谷隊では――」
「わかってる」
僕は目を閉じた。
(じゃあどうすりゃいいんだよ……)
宇喜多と合流?
本陣が薄くなる。
籠城?
秀忠が来る。
詰んでる。
僕が座椅子にもたれ、両腕を上げて伸びをした、その瞬間。
背後から、低く、よく通る声がした。
「――遅参、申し訳ない」
全員が振り向いた。
甲冑は傷だらけ。
しかし姿勢は崩れていない。
立花宗茂。
「大津城攻略に手間取り、
関ヶ原への到着が遅れ申した」
……来た。
(来た来た来た来た来た!!)
心の中で叫ぶ。
「立花宗茂……!」
声が裏返りそうになるのを必死で抑えた。
「来てくれて……
来てくれてありがとう!!」
(語彙力ゼロ)
宗茂は一礼した。
「立花秘伝、鉄砲早込。お役に立てるかと存じます」
三成と左近が、同時に息を呑んだ。
「……殿」
左近が低く言う。
「これは戦の流れが変わります」
「だよな!」
僕は前のめりになる。
「今お着きになられてお疲れの中、誠に申し訳ないんですが、」
「御意」
「北にある鈴鹿山にて、裏切り者小早川隊を横から成敗するために
伏兵をお願いします。」
宗茂は一瞬も迷わなかった。
「承知。立花隊、奇襲は得手にございます」
(勝った……
いや、これは勝てるかもしれない……!)
胸の奥で、久々に希望が灯った。
西軍に三千。
精鋭中の精鋭。
ついに反撃の形が、見えた。
しかし僕は知らなかった。
この同じ夜、
徳川家康がすでにこの世にいないことを。
関ヶ原の戦場には、
“家康公”の旗だけが生きていることを。
夜の笹尾山に、
風が吹いた。
松明の火が、大きく揺れた。
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【鉄砲早込】戦法
鉄砲火薬を火薬と薬莢を1弾丸として、竹筒にまとめ、
足軽の肩にかけさせ、鉄砲連射撃を可能にした。
通常の3倍で発射可能にしたと云われる。
【立花宗茂】
朝鮮出兵で立花軍800人の兵で朝鮮2万2千人の敵陣へ夜襲と火系により撃破。700の首を上げた伝説の猛将。東の忠勝 西の宗茂と秀吉に称された。
また加藤清正に「日本軍第一の勇将」と絶賛された。
【立花宗茂 部下を大切にせよ】
常に兵士に対してえこひいきせず、
ひどい働きをさせず、慈悲を与え、
少々の過失は見逃し、国法に外れた者は、
その法によって対処せよ。
彼の養父 立花道雪は島津家と争った猛将でした。彼は婿養子で迎えられました。
宗茂はどちらかというと戦略に長けていたようです。
部下思いの情の深い指揮官というイメージです。
余談ですが立花道雪の一人娘
誾千代姫こと、立花ぎん千代です。
彼女は男勝りの性格でした。こんな逸話があります。
秀吉に名護屋城に呼びだされ、手ごめになりそうになった時
付き人の女中に鉄砲を持たせ自らも武装して入城したそうです。
これには秀吉もビビって手を出せなかったそうな。
その誾千代姫も井戸へ自殺した説もあり可哀そうな姫様だった
かもしれません。




