第1話 大開戦しました。
【関ヶ原の戦い】
配陣図
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西軍総勢、七万九千百。
東軍総勢、八万五千九百八十八。
合計、およそ十六万。
人が人を殺すためだけに集められた数として、
当時、世界最大規模の射撃戦であった。
高原盆地、関ヶ原。
四方を山に囲まれ、中央は水を含んだ湿地。
昨日までの雨を吸い切れず、地面は柔らかく、
踏み込めば足を取られる。
午前八時。
朝霧が、地を這っていた。
人の顔も、陣の輪郭も、
十歩先は白い壁だ。
最初の衝突は、霧の向こうで起きた。
――パンッ。
乾いた銃声が一つ。
続いて、
パン、パン、パン。
東軍・福島正則六千。
対
西軍・宇喜多秀家一万七千。
闘いの火蓋は、切って落とされた。
◇◇◇
徳川家康 本陣・桃配山
霧の上、わずかに高い場所。
そこに、徳川家康は立っていた。
老いた身体をまっすぐに伸ばし、
扇を閉じたまま、前を見据える。
「開戦じゃ」
低く、だがはっきりと。
「法螺貝を吹け。
鬨の声をあげぇい」
合図とともに、
本陣の左右で法螺貝が掲げられた。
ぶぉおおおん――
ぶおおおおん――
ぶおおおおおおん――
重く、腹の底を叩く音。
それに応えるように、
東軍八万の喉が開く。
「 「 「えい! えい! おおおおっ!!」 」 」
霧の中で反響した声は、
方向も距離も分からず、
ただ“数”だけを感じさせた。
(……多い)
僕の正直な感想が、胸に浮かぶ。
八万人の軍勢、怖い。
数が多いというだけで、
人はここまで怖くなるのか。
西軍本陣・笹尾山
「殿。開戦でございます」
石田三成。、ミッチーの声。
霧の冷たさと、
夜明け前の疲労が、身体に残っている。
「……うん」
短く答え、前を見る。
「やりますか」
それ以上、言葉は要らなかった。
「投石機、前へ。
前方の敵陣に向け、投射!」
合図。
きしみ音とともに、
巨大な石が空へ放たれる。
霧の上から、
落下してくる“質量”。
――ドンッ。
地面が震え、
馬が嘶き、
人の悲鳴が重なった。
「うわああああっ!」
馬が転び、
その下敷きになった兵が、
声を潰す。
湿地は、
血と水を、同時に吸った。
「鉄砲隊、構え!」
霧で、敵は見えない。
だが、音と振動は、確実に近づいてくる。
ごぉ……
ごぉ……
地鳴り。
騎馬の足音だ。
「連射用意!」
銃口が、
霧の白へ向けられる。
――パンッ!
――パンッ!
誰に当たったかは、分からない。
ただ、当たった“音”だけが返ってくる。
叫び声。
倒れる音。
踏み潰される音。
霧の向こうで、
人が人を探し、
人が人を殺している。
(あの声を出している者たち……)
全員が、
僕の首を狙っている。
西軍総大将。
その肩書きの重さを、
今、嫌というほど感じていた。
「充分に引きつけよ」
島左近の声。
馬防柵の内側。
鉄砲隊は、膝をつき、
呼吸を殺している。
「まだじゃ……」
敵は見えない。
だが、音はもう、すぐそこだ。
「……まだじゃ」
(もう撃たないと、死ぬ)
心の中で、叫ぶ。
「……まだじゃ!」
霧が薄れ、
人影が、ぼんやりと浮かぶ。
――十歩。
「撃てぇぇぇぇっ!!」
命令と同時に、
一斉射。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。
前列が倒れ、
後列が、踏み越える。
止まらない。
「中田殿!
勝手に指示をされては困ります!」
三成の叱責。
「……すまない」
息を吐く。
「人力槍衾部隊、前へ!」
長槍が林立し、
人が人を押し出す。
だが――
「退け! 退けぇぇ!」
圧力に耐えきれず、
前線が崩れる。
(まずい)
と思った、その瞬間。
「ぐわああああっ!」
戻ってきたのは、
人力槍衾部隊だった。
人数が、
半分になっている。
「どうした!?
何があった!」
「……騎馬隊です」
声は震え、
血を吐いていた。
「誰だ……?」
問いかける前に、
その兵は、崩れ落ちた。
背中には、
深く刺さった刃。
目の焦点が合わず、
腕が、だらりと落ちる。
「敵襲――!!」
霧の向こう。
最初に見えたのは、
首だった。
斬り飛ばされ、
宙を舞い、
血を撒き散らす。
次々と。
まるで、
投げ捨てられる石のように。
足軽が倒れ、
湿地に沈み、
起き上がれず、踏み殺される。
泥と血で、
誰が生きているのか、
誰が死んでいるのか、
もう分からない。
そして――
朝霧は風とともに流されはじめた。
関ヶ原の戦場に見えてきたのは無数の首を
袋に入れて、黒い馬と共に
返り血を浴び馬上から叫ぶ、武将。
一直線に、こちらを見ている。
その視線は、獲物を見る目だった。
「中田殿!何処におる!」
「約束通り、戦場でお会いしましたな」
僕へ真っ直ぐにLOVE視線を送る。
「・・・・ご無沙汰してます、鬼いさま♥︎」
徳川の猛将、本多忠勝であった。
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本多忠勝との約束については
第一話 結婚しました。で義理のお兄様と
「戦場でお会いしましょう」の事をさしてます。




