第2話 布陣を考えました。
【関ヶ原の地形を分析】
関ヶ原の湿地は、巨大な箱である。
東西南北、すべてが山。
人が集まり、人が死ぬために用意されたような高原盆地。
逃げ道は街道のみ。つまり、塞げば殺し場だ。
「……まず地形だ」
僕が言うと、石田三成が腕を組む。
「関ヶ原は、例えるなら箱です。
東は木曽路、西は近江。
北国街道と伊勢街道、四方が道で、四方が首根となります。」
それが、この地形の答えだった。
【関ケ原の戦い 現地図】
https://4583.mitemin.net/i96533/
【石田三成の布陣】
三成は、几帳面に描かれた陣図を広げた。
「私の案は、鶴翼の陣。
敵を中央に誘い込み、両翼で挟み潰す」
鶴翼の陣。
翼を大きく広げ、中央へ敵を誘い込み、包み潰す。
理論上、隙はない。
事実、後世の軍人が「必勝」と評したのも頷ける。
【石田三成の布陣】
https://4583.mitemin.net/i96534/
だが
(これは人を信用した陣だ)
僕は、心の中でそう結論づけた。
動かない者がいれば、翼は折れる。
裏切る者がいれば、中央は穴になる。
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関ケ原の戦いの史実
石田三成の人気のなさ。
徳川と通じる武将の多さ。
陣形はすでに、敵に筒抜け。
(この陣は、理屈では勝つが、現実では負ける)
史実の歴史が、それを証明している。
実際に剣を抜いたのは
大谷、小西、島津、宇喜多。
覚悟を決めた者たちだけ。
毛利輝元は吉川軍の裏切りにより動けなくなります。 毛利軍に進軍するように狼煙をあげても 「弁当食ってるから出来ない」と言われる始末。
しかも小早川秀秋の裏切りにより西軍は壊滅。
関ヶ原の戦いは、1日で終了してしまいました。
その後の徳川家康のお裁きは、 石田三成は処刑。 小西行長、安西寺は京都で引きずり回し処刑 宇喜多秀家は島流し。
これが関ヶ原の戦いの結果です。
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(毛利と小早川、こいつらを、「信頼」してはいけない)
【中田玄白の布陣】
僕は、陣図を描き直した。
まず。
小早川秀秋を計算に入れない。
裏切り確定、信用など、論外。
(人は、 信用しなければ裏切られない)
次に
伊勢街道を封鎖。
逃げ道を消す。
退路を断つ。
敗走は、最大の崩壊要因だ。
これは以前使った包囲殲滅法の
拡張版。
関ヶ原全体を、巨大な処刑場に変える。
【中田玄白(僕)の布陣】
https://4583.mitemin.net/i96535/
【島津軍の配置】
島津は、弾丸。
先陣。中央突破。
敵中突破と穿ち抜け。
生きて帰る必要はない。
帰れれば奇跡。
だが
(徳川本陣が揺れれば、全体が揺れる)
士気は、理屈よりも光景で折れる。
島津が突っ込む。
それを見て、他が動く。
それだけでいい。
【毛利軍の配置】
毛利は、動かない前提で考える。
だが
形成が完全にこちら有利になった瞬間、
人は裏切りを裏切る。
(勝ち馬に乗るのが、人間だ)
わずかな希望。それで十分。
【伝令】
命令は、
くノ一を通じて各武将へ送る。
簡潔に。
感情を入れず。
選択肢を与えず。
(内通者は、必ず他にもいる)
だからこそ、
誰も信用しない布陣にする。
夜明け前。
霧が、関ヶ原を覆う。
(さて……)
(歴史は、知っている方が有利だ)
(だが、歴史を変えるのは僕だ。)
夜明け前
くノ一の伝令が、霧の中へ消えていく。
関ヶ原の戦いは間もなく始まる。




