第15話 確認しました。
羽柴秀吉は、長久手を見下ろす離れた高台に陣を敷いていた。
夕暮れの風が吹き、陣幕がばたつく。
「……どうじゃ、もう終いか?」
座椅子にどっかと腰を下ろし、
横では金のひょうたんの馬印を持つ近習が立っている。
秀吉は片足を投げ出し、
組んだ足のすね毛をぼりぼりと掻いた。
「ちぃと時間がかかりすぎだがや。
二万もおるんだで? 五千やそこら、踏み潰すだけだわ」
「はっ。すでに敵は混乱状態にて」
「当たり前だわ。数ちゅうもんはな、力なんだわ。
才だの義だの、そげなもん腹の足しにもならん」
秀吉はあくびを噛み殺し、唇を歪める。
「中田? 伊達?
あんな田舎侍が、儂に勝てるわけなかろうが」
近習が調子を合わせる。
「左様にございます。羽柴様は、天に選ばれたお方」
「はん、今さら言うな。
天が儂を選ばんわけがないがや」
秀吉は裸足の足をぶらぶらさせる。
六本ある指が、夕日に照らされて不気味に光った。
足の指が六本
先天性多指症で遺伝性のものであった
「この指もなぁ……
天が“余分に力をくれた証”だでよ」
普通は切り落として5本指にするのだが、
親が貧乏な秀吉はそのまま育てられた。
「……恐れ入ります」
「信長公は笑ったが、最後に笑うんは誰だ?」
秀吉は、にちゃりと歯を見せた。
その時。
遠くの戦場から、
異様な静けさが立ち上ってきた。
「……?」
秀吉は眉をひそめる。
「おい。
ちと、静かすぎやせんか?」
「は……?」
「鉄砲の音は?
鬨の声はどうした?」
近習たちが顔を見合わせた瞬間
一騎の伝令が、馬を泡立てながら駆け上がってきた。
「も、申し上げますッ!!」
「なんだがや、慌て腐って」
「我が……我が軍……」
伝令は喉を鳴らし、声を絞り出す。
「二万の兵、
ほぼ……潰滅いたしました……!」
「……は?」
秀吉の顔から、血の気が引く。
「何言っとるだあああ!!!!
もう一遍言え」
「は、羽柴様……
包囲され……逃げ場なく……」
「ふざけるな!!」
秀吉は立ち上がり、座椅子を蹴飛ばした。
「五千が!二万を包囲だぁ!?」
「そ、そうでございます……」
「そんな戦が、あるかぁ!!」
秀吉は近習の胸倉を掴み、引き寄せる。
「お前ら、儂を馬鹿にしとるんか!?
誰がそんな戯言信じるか!!」
「事実にございます……
金のひょうたんも……見失い……」
「……黙れ」
秀吉の声が、急に低くなる。
「黙れ黙れ黙れ!!
確認して来い! もう一度だ!!
儂は楽田に戻る!! すぐ支度せい!!」
陣内が混乱する。
「火を消せ!
儂の姿を見せるな!!」
「殿、落ち着かれませ……」
「落ち着いとるわ!!」
秀吉は脇差を抜き、
制止に入った家臣を横一文字に斬り伏せた。
「どかんか!!
儂の邪魔するやつは皆死ねぇ!!」
家臣は声もなく倒れ、血が土に滲む。
「……天が……
天が、儂を選ばんわけが……」
秀吉はふらつき、後退る。
その瞬間。
足を取られ、
受け身も取れず――
顔面から地面に叩きつけられた。
ごつり、と嫌な音。
額が割れ、血がどくどくと流れ出す。
「……あ……」
草を掴み、震える手。
「儂は……
天から……選ば……」
言葉は、そこで途切れた。
背後に立った部下が、
無言で短刀を突き立てる。
ずぶり。
もう一度。
ずぶり。
秀吉の身体が痙攣し、やがて動かなくなる。
地面の草をむしりとった。
血は止まらず流れ続ける。
秀吉は部下に背中から胸を短刀で刺され死亡した。
◇◇◇
翌日の午後。
戦場に横たわる屍の中で、
僕は六本指の死体を確認した。
彼は足の指が六本ある、
豊臣秀吉。本人だ。
泥にまみれ、うつ伏せで
天を見上げることもできなかった男。
「……天下は、数じゃないんだよ」
風が、静かに吹いていた。
【天下統一編 完】
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天下人になった秀吉はたえず脱出するための
ルートを確保していたといいます。
お城には秘密の通路を作り、出かける時は小舟で
逃げられる用意をしていたそうです。
臆病であり慎重だった秀吉の性格がわかります。
秀吉の辞生の句
「霧と落ち 霧と消えにし 我が身かな なんばのことも 夢のまた夢」
夢の中で夢をみてるような、自分は霧のように消えていくような
儚い人生であった。




