第14話 壊滅しました。
長久手・仏ケ根
包囲殲滅戦・秀吉軍の足軽の目
最初は、押していた。
数はある。前には少数の敵がいる。
だから前へ進めばいいそれだけだと思っていた。
最初は、勝っているように見えただ。
太鼓が鳴り、
鬨の声が山を震わせ、
戦場の真ん中で秀吉軍が前に出てきた。
「中央、崩れかけとるぞ!」
そんな声が走る。
中田軍の盾の部隊、五百。横に百人、五列。
隙間なく、ぴったり並ぶ。
盾と盾が触れ合う音が、
ゴン、ゴン、と鳴る。
「盾ぇ!前へ!」
わいの足軽は、その後ろだ。
槍を握り、足元の土を踏みしめる。
怖えが、まだ“戦”だと思っとった。
前を見とりゃ、敵はおる。
殴り合えば終わる。そう信じとった。
合戦図
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だが、妙だった。
秀吉軍、前が下がる。
「逃げるだか?」
誰かが笑った。
その瞬間だ。
横から、ズドン、ズドン、と音がした。
「横だ!横から来とる!」
わいは振り向いた。
敵兵が、来とる。
横一列。ずらぁっと。
数が、分からん。
後ろでも、誰かが叫ぶ。
「後ろもだ!後ろも来とるぞ!」
前を見る。敵はもうおらん。
前におったはずの敵が、消えとる。
代わりに、左右と後ろが、黒う埋まっとる。
胸が、ぎゅっと縮んだ。
「あれ……?」
誰も指示を出さん。
太鼓も、声も、バラバラだ。
わいは、そのとき、初めて分かった。
「……囲まれとる」
前に出られん。
横に動けん。
後ろに下がれん。
人が多すぎて、足が動かん。
盾の裏で、押される。
「押すな!押すなて!」
叫んでも、後ろの奴も必死だ。
息が、くせえ。
汗と血の匂いが混じって、
鼻が焼ける。
「おっかあ……」
誰かが泣いた。
足元を見ると、
誰かが倒れとる。
踏んづけられとる。
起き上がれん。
――だんだん、
音が変わる。
叫びじゃねえ。潰れる音だ。
ドン、
ミシッ、
グチャ。
横から、槍が出てくる。
後ろから、矢が刺さる。
正面じゃねえ。
横と後ろからだ。
「逃げろぉ!!」
誰かが言った。
だが、どこへだ。
前も敵。横も敵。
後ろも敵。
空だけが、やけに青い。
わいは思った。
「こりゃあ……戦じゃねえ」
「……狩りだ」
敵は、急がん。
突っ込んでもこん。
ただ、
じり、じり、と近づく。
円が、狭まる。
人が、潰れる。
声が、消える。
気づいたときには、
わいの前におった仲間は、
もう動かん。
盾が落ち、槍が折れ、
地面が見えた。
逃げ道は、最初から無かった。
正面で勝ったように見せ、
安心させ、
横と後ろから締める。
包囲っちゅうのは、一気に殺す戦じゃねえ。
逃げられんと分からせてから、
ゆっくり潰す戦だ。
わいは、最後に、
こんなことを思った。
「……前だけ見とりゃ、
生きられると思っとった」
――間違いだった。
その日、戦場には、声のない死骸が、
山ほど残った。
それが、包囲・殲滅だ。
数は、意味を失った。
多すぎる者は、逃げられない。
包囲とは、殺す前に、絶望させる戦だ。
その日、戦場には勝者の叫びと、
敗者の沈黙だけが残った。
◇◇◇
弥助は、血と土にまみれながら、
金棒を肩に担いで言った。
「……オワッタ?」
周りは敵兵の死体
誰も、答えなかった。




