第10話 尋問しました。
僕の目の前に降参した三好秀次は、地に膝をつかされていた。
甲冑は外され、刀もない。
若く、まだどこか武将というより育ちの良い貴族の顔が残っている。
「……三好殿」
声を低くすると、彼の肩がびくりと跳ねた。
「一つだけ聞く」
僕は歩いて、彼の正面に立つ。
「僕の息子は、どこだ」
秀次は目を伏せ、唇を噛む。
「……存じませぬ」
「秀吉のもとではないのか」
「……それも、存じませぬ」
間。
嘘をつく者の間ではない。
本当に知らぬ者の間だ。
「羽柴の軍で、人質として扱われている子は?」
「……そのような話、聞いたこともございませぬ」
私は彼の周囲をゆっくり回る。
逃げ場はない。
だが、恐怖よりも困惑が勝っている顔だ。
「では誰がやった」
「……」
「答えよ。
知らぬなら、知らぬでよい」
秀次は、かすかに首を振った。
「……叔父上(秀吉)は、人質を“交渉の道具”には使いますが、
正体も分からぬ子を攫うような真似は……」
その言葉で、確信した。
僕の息子を攫ったのは、秀吉ではない。
誰かが、勝手に動いている。
くノ一の報告が脳裏をよぎる。
「正規軍ではない動き」「夜」「統制の取れていない手口」。
私は背を向けた。
「三好秀次」
「はっ……」
「命は助ける。だが、嘘をついていたら」
振り返らずに言う。
「戦が終わる前に、もう一度会うことになる」
秀次は深く頭を下げた。
「……それだけは、御免こうむりたい」
その声は、震えていた。
◇◇◇
その頃、徳川の家臣
本多忠勝は、五百の兵を率いていた。
数ではない。
布陣でもない。
覚悟の塊が、そこにあった。
忠勝は馬上から、静かに兵を見渡す。
「……ええか」
声は大きくない。
だが、風を切る。
「ここで死んだとて、無駄死にゃあせん」
兵の背が、自然と伸びる。
「わしらが秀吉の進軍を止めりゃあ、
家康公ぁ、必ず体勢を立て直さっせる」
一拍。
「忠臣の、死ぬべき所ぁ……」
間。
「今だで」
誰一人、俯かない。
「名ぁ残せ。
屍ぁ残せ。 それで、ええ」
「「うぉおぉおおおお!!」」
五百の兵が、一斉に槍を打ち鳴らす。
対岸。
小川を挟み、秀吉の二万の軍勢。
鉄砲が鳴る。
忠勝の軍も撃ち返す。
だが
秀吉軍は、止まらない。
無視だ。
忠勝の五百の兵と二万の秀吉軍
数が違いすぎる。
忠勝は舌打ちもせず、馬を川辺へ寄せる。
そして
馬に水を飲ませた。
敵味方、誰もが息を呑んだ。
戦場で。
大軍を前に。
死を目前にして。
忠勝は、平然としていた。
「……」
その姿を見た者は、後にこう語る。
「あれは人ではない。武が、そのまま形をとったものだ」
忠勝は再び、対岸に現れる。
鹿の角の兜が、陽に光る。
秀吉がそれを見た。
「あの兜の者は、誰じゃ」
「徳川家康公の家臣、本多平八郎忠勝にございます」
秀吉は、しばらく黙った。
やがて
目に涙を浮かべる。
「五百で、二万に挑むか……」
声が震える。
「勝ち目など、千に一つもない」
拳を握りしめる。
「それでも主君を勝たせるために、己の命を差し出す……」
深く、息を吐く。
「比類なき忠臣よ」
秀吉は叫んだ。
「あの者を撃つでない!!」
家臣たちがざわめく。
「弓も鉄砲も使うな!
忠義を討って、何が天下取りだ!!」
こうして
本多忠勝は、生きたまま敵中を進む。
秀吉軍は彼を避け、
道が、自然と開けていく。
鹿角の兜が、悠然と前へ進む。
五百の兵は、
その背中を見失わなかった。
そして、二つの運命は
長久手へと、収束していく。
息子を奪われた僕と、
主君のために死を選ぶ武。
歴史が、静かに、軋み始めていた。




