第6話 フルスイングしました。
【白山林の戦い】
白山林。
山道は細く、左右は深い森、下は転げ落ちれば二度と戻れぬ斜面。
池田恒興が岩崎で銃弾を受け、その報せも届かぬまま死んだ
三好秀次率いる八千の軍勢は、
この白山林で兜を脱ぎ、腰を下ろしていた。
槍を地に立て、兵は握り飯を頬張り、水を飲み、
「今日はここまでだな」
そんな空気が漂っていた。
その背後。
森が、動いた。
「人力やり襖部隊!
一斉突撃!!」
僕の叫びと同時に、
茂みが裂ける。
槍を横に組んだ“やり襖”が、人の壁となって森から雪崩れ出た。
休んでいた三好軍の背中へ、
容赦なく、逃げ場なく、一直線。
「なっ――後ろだ!!」
「立て! 立てええ!!」
遅い。
あまりにも遅い。
狭い山道。横道は崖。
前に逃げれば、下り坂。
後ろは槍の壁。
兵は押され、転び、
一人が倒れれば、十人が巻き込まれた。
まるで
おむすびコロリン。
人が、
転がる。
叫びながら、
武具をばらまきながら、
山を転がり落ちていく。
その時だ。
「Yeah!!」
「OW!!」
「Yecch!!」
聞き慣れぬ叫び声が、
戦場に響いた。
振り向いた兵が見たもの。
黒い壁。
漆黒の肌。
山の影よりも濃い黒。
金棒を肩に担ぎ、
一歩踏み出すたび地面が鳴る。
弥助である。
「オオオオオオッ!!」
弥助、雄叫び。
次の瞬間。
フルスイング。
金棒が横に薙がれ、
三好軍の兵が三人まとめて宙を舞う。
「――っ!!」
声すら出ない。
鎧ごと、
身体ごと、
軽々と“すくい上げられ”、
空へ。
山の下へ。
ホームラン。
別の兵が突きかかる。
槍先が腹を狙う。
だが弥助は止まらない。
「ハハハハハ!」
金棒を縦に振り下ろす。
ドン!!
頭、肩、鎧
全部まとめて叩き潰す。
兵はその場に崩れ、
地面に沈んだまま動かない。
例えるなら、
ヘビー級ボクサーとライト級。
いや、
鬼と人間。
軽い。
あまりにも軽い。
金棒が当たるたび、
人が飛ぶ。
人が転がる。
人が消える。
「に、逃げろ!!」
「黒い鬼だ!!」
「人じゃねえ!!」
悲鳴が連鎖する。
僕は徳川軍と共に、
その光景を見下ろしていた。
(……鬼が外人だった説、あながち間違いじゃないな)
天狗はトルコ系。
鬼は外人。外国の海賊だった説もある。(諸説あり)
妙に納得する。
弥助、止まらない。
倒した敵の金棒を拾い、
二本持ち。
左右、同時。
ダブルフルスイング。
「Yeah!!!」
左右に分かれて、
兵が吹き飛ぶ。
木に当たり、
岩に当たり、
そのまま斜面を転げ落ちていく。
もし時代が違えば。
この男は、アメリカで。
野球のスタジアムで。
ホームラン王。
年俸?
何十億だ。
(あとでサイン、もらおう)
混乱は一刻で地獄へ変わった。
隊列は崩れ、
指揮は消え、
三好軍は“軍”であることを失った。
ただの
逃げ惑う人の群れ。
「退け! 退けええ!!」
三好秀次、
必死に叫ぶ。
だが誰も聞かない。
弥助の金棒が振られるたび、
恐怖が背中を叩く。
秀次は馬を返し、
命からがら山を下った。
長久手方面へ。
戦は終わった。
白山林に残ったのは、
壊れた槍、
転がる兜、
そして
静寂。
僕と徳川軍は、
三好軍を完全に潰滅させた。
そして戦場の中央。
金棒を肩に乗せ、
息一つ乱さぬ黒鬼が、
こちらを振り返った。
弥助。
「タイショウ」
「モウ、オワリ?」
僕は苦笑した。
「ああ……
お前一人で、だいたい終わった」
弥助はにっこり笑う。
「ヨカッタ!」
白山林は、今日一日、
鬼の山となった。




