第5話 切腹しました。
清水宗治は、秀吉への書状をしたためた。
「城兵と城下の民の命、すべてをお預け申す。
その代わり、清水宗治一命をもって、
高松の戦を終わらせたく候」
余計な言葉は、書かなかった。
誇りも、恨みも、書かなかった。
書き終えたあと、宗治は筆を置き、
しばらく動かなかった。
(これで、終わる)
それは安堵ではなかった。
ただ、選択肢が尽きたという確認だった。
提案を聞いた秀吉
秀吉は、笑った。
「……ほぉ」
それは感心ではなく、
都合の良さに対する笑いだった。
「ええ度胸しとるな。武士の鑑、やて?」
家臣が尋ねる。
「受けられますか?」
秀吉は即答した。
「受けるに決まっとるやろ」
「ただし」
秀吉は付け加えた。
「派手に死んでもらわな、意味あらへん」
清水宗治、最期の宴
小舟は静かに進んだ。
湖の上を、まるで冥途への渡し舟のように。
秀吉の本陣は、活気に満ちていた。
酒、笑い声、濡れた鎧の匂い。
清水宗治は、舞った。
見事だった。
それが余計に、残酷だった。
杯が回り、辞世が詠まれる。
「浮世をば 今こそ渡れ武士の名を高松の 苔に残して」
さあ浮世を渡りあの世へ行こう。
武士としてのその名を、松に苔が付くほどの長きに渡り残そう。
今がその絶好の機会なのだ。
誰も拍手しなかった。
拍手など、できるはずがない。
切腹の支度が整う。
白布、短刀、介錯。
宗治が腹に刃を当て、
深く、深く、息を吸う。
切腹までの儀式が長い。
血が滲む。
呻きが漏れる。
秀吉は、苛立った。
「……まだか」
誰にも聞こえぬよう、吐き捨てる。
「はよ死ねや……」
尾張訛りが、湿った空気を切り裂いた。
秀吉は立ち上がる。
「もうええわ。終わったら呼べ」
そう言って、僕に背を向けた。
武士の最期を見届けるという“儀礼”よりも、
次の戦、次の褒美、次の出世の方が、
彼には大事だった。
清水宗治の血が畳を濡らす頃、
秀吉はすでに陣で別の話をしていた。
◇◇◇
雨は、京でも降っていた。
信長は苛立っていた。
「備前は終わった。あとは、九州を叩くだけだ」
光秀は一礼し、言葉を選ぶ。
「……羽柴殿、少々、やり過ぎかと」
信長は笑った。
冷たく。
「何を今さら。戦とは、そういうものだ」
光秀は、それ以上言えなかった。
(……違う)
戦ではない。これは、見せしめだ。
人が、人である意味を踏みにじるやり方。
高松城は沈んだ。
清水宗治は死んだ。
毛利は屈した。
だが、水は引いても、人の恨みは引かなかった。
秀吉は勝った。そして信長は天下に近づいた。




