第3話 土木工事をしました。
備前・備中境
織田・羽柴・宇喜多 連合三万、集結
毛利の支城は、落ちていった。
一つ、また一つ。
火が上がり、門が破られ、
毛利の旗が引きずり下ろされる。
宇喜多の兵は先頭に立った。
逃げ道を、もう自分で焼いたからだ。
直家は、戦場を見ていた。
(ここで退けば、家は終わる)
毛利を裏切った時点で、
情も、義も、帰る場所も捨てている。
残すものは、ただ一つ。
宇喜多の名だけ
それ以外は、すべて切る覚悟だった。
高松城を見た瞬間
沼だった。
いや、城が沼に浮いていると言った方が近い。
低湿地。
足を踏み入れれば膝まで沈む。
鉄砲も騎馬も、力を殺される地形。
「……こりゃ、正面は無理だな」
僕が呟くと、
横で秀吉が城を睨んだまま言った。
「せやなぁ…… 百姓の田んぼみてぇな城や」
その声に、軽さはない。
二度、突撃した。
二度とも、沼に足を取られ、
城からの逆撃で押し返された。
死体が沈み、
血が水に溶けた。
僕は、地形を見て言った。
「……水、溜められますよ」
秀吉が振り返る。
「水?」
「川、あります。
堤、防げば――城ごと沈められる」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、
秀吉の顔が、ぱっと明るくなった。
「……なんで今まで言わなんだ!」
弾ける。
「たわけぇ!
そりゃあ、一番楽な勝ち方やないか!」
(有名だし高松の水攻め。すいません、忘れてました)
口には出さなかった。
土木開始
賃金は三倍。
「働きゃ、儲かるぞー!」
農民が集まる、集まる。
秀吉が怒鳴る。
「ええか! 石は軽く積むな!
水は正直やで、隙あらば抜ける!」
隣で、弟の秀長が淡々と指示を出す。
「そこ、弱い。
杭、倍打て。
夜も続けるで」
声は低く、無駄がない。
僕は思わず感心した。
(……秀長、有能すぎる。やばいな)
秀吉が“人を動かす顔”なら、
秀長は“現場を殺さず回す頭”だ。
百姓出でも、いや、百姓出だからこそ。
秀吉
「なぁ秀長、 夜も行けるか?」
秀長
「行けるも何も、 止めたら負けや」
秀吉
「ははっ、 相変わらず怖ぇ事言うで」
秀長
「戦はな、 優しさ出した方が負ける」
その言葉に、
宇喜多直家が、ちらりと目を向けた。
その夜。
直家は、密かに家臣を呼び出した。
「……毛利に残っている縁者、 切れ」
「殿……!」
「女子供も含めてだ。 情で繋がる道は、全て断て」
声は、冷たい。
「織田に付いた以上、 戻れる顔など、残すな」
家臣は、震えながら頷いた。
直家は、独りになってから、呟いた。
「……すまぬ」
だが、涙は出なかった。
それを流した瞬間、
決断が鈍ると知っていたからだ。
後日。
岐阜から届いた言葉を、秀吉が伝えた。
「信長様、こう言うとったで」
一拍置いて。
「宇喜多直家は、使える。 だが、信用はするな」
そして、笑ったらしい。
「あれは、生き残るためなら 仏も斬る男だ」
直家は、静かに頭を下げた。
(それで、いい)
信じられなくていい。
恐れられていい。
宇喜多家が残るなら、それでいい。
高松城、水が動き出す
川が、堰き止められた。
水位が、上がる。
城の中が、ざわめく。
逃げ場はない。
僕は、沼に沈みゆく城を見て思った。
(……この戦の先で、 本能寺の変が起きる)
横目で、部下の明智君を見る。
穏やかだ。今は、まだ。
歴史は、静かに、
だが確実に、動いていた。




