第6話 川を渡りました。
姉川の戦い
川を渡る者、踏みとどまる者
六月二十八日。
夜明け前、靄が姉川を覆っていた。
水は浅い。
だが流れは速く、足元の小石が滑る。
鎧は重く、槍は長い。
一歩、川へ踏み出すたびに、兵の呼吸が乱れる。
逃げ場はない。
背後には主君。
前には敵。
午前六時
最初の鬨が上がった。
第一波:徳川軍 対 朝倉軍
徳川勢の先鋒、酒井忠次が川へ突入した。
「進めぇぇ!」
号令と同時に、兵が雪崩れ込む。
朝倉軍もすぐに応じ、川の中央で両軍がぶつかった。
槍と槍が絡み、押し合いになる。
足を滑らせた者が倒れ、その上に次の兵が覆いかぶさる。
叫び声。
助けを呼ぶ声。
だが誰も立ち止まらない。
朝倉勢は数で押した。
徳川の前列は次々と崩れ、川面に散っていく。
「徳川が押されとるぞ!」
朝倉の陣から、勝利を確信した声が上がる。
その時。
榊原康政、側面突入
川の下流。
霧の中から、徳川の別働隊が現れた。
榊原康政。
「今だ! 横から斬り込め!」
朝倉軍の側面が、一気に崩れた。
正面しか見ていなかった兵たちは、振り返る間もなく隊列を失う。
旗が倒れ、指揮官の姿が見えなくなる。
朝倉の武将が一人、また一人と倒れていった。
・味方を探して川を渡ろうとした者
・退却命令を出そうとして声を上げた者
・最後まで踏みとどまり、討ち取られた者
朝倉勢は、「戦っているのか、逃げているのか分からない」
状態に陥った。
優勢は、一瞬で逆転した。
第二波:織田軍 対 浅井軍
ほぼ同時刻。
川の上流では、織田勢と浅井勢が激突していた。
浅井軍は少数。
だが、退く気はなかった。
磯野員昌が前に出る。
「続け! ここを抜く!」
浅井の兵は川を越え、一直線に織田の陣へ突っ込んだ。
一段、二段。
織田の陣が崩れる。
旗が引き倒され、鼓の音が乱れる。
浅井軍は、十一段目まで斬り込んだ。
「織田が崩れるぞ!」
その声は、希望だった。
だが
西美濃三人衆、包囲
織田の側面が動いた。
氏家卜全。
稲葉一鉄。
安藤守就。
西美濃三人衆が、浅井軍の横腹に食い込んだ。
突撃に夢中だった浅井兵は、後ろを取られたことに気づくのが遅れた。
隊列が裂ける。
命令が届かない。
磯野員昌は踏みとどまろうとしたが、
周囲の武将が次々と討ち取られていく。
・名を呼ばれても返事がない
・振り向けば、そこにいたはずの家臣がいない
浅井軍の勢いは、ここで止まった。
戦場の現実
川には、もはや隊列はなかった。
倒れた者を踏み越え、
味方と敵の区別も曖昧になる。
叫び声は次第に少なくなり、
代わりに、息を切らす音と、武具のぶつかる音だけが残ル。
浅井・朝倉の武将たちは、
一人、また一人と戦場から消えていった。
名を持つ者も、
持たぬ者も、
同じように。
その報が、織田本陣に届いた。
「浅井、押し返されております!」
信長は前に出た。
馬上で、川を睨む。
「……見えたわ」
尾張弁で、低く吐き捨てる。
「情に溺れた奴の戦じゃ」
「勝てるわけがねぇ」
信長は軍配を振り上げた。
「押し潰せ」
「今日で終わらせたれ」
この瞬間、姉川の勝敗は、ほぼ決まった。
その頃、僕は陣を抜けていた。
目的は一つ。
浅井長政。
この戦が終われば、
彼は敗者となり、殺される。
やがて歴史の中で消される。
だが僕は、別の未来を作るつもりだった。
姉川の戦いは、
ただの合戦ではなかった。
それは、一つの家が滅びへ向かう、最初の一日だった。




