第5話 川で対峙しました。
姉川の戦い 前夜
信長軍三万は、ついに越前へ向けて動いた。
朝倉氏への侵攻である。
遅かれ早かれ
それは誰の目にも明らかだった。
朝倉家もまた、それを読んでいた。
北近江からの正面ルートには堅く防衛線を敷き、
信長軍はやむなく若狭を回り、山を越え、越前へと入った。
手筒山城。
金ヶ崎城。
引壇城。
次々と開城させ、一乗谷へ
そう誰もが思った、その瞬間。
浅井長政、裏切り
報は、刃のように背中から突き刺さった。
(……やはり、そう来るか)
僕は心の中で息を吐いた。
同盟放棄。
だがこちらも朝倉へ刃を向けている。
理屈では責めきれない――だが、戦は理屈で止まらない。
僕の見た浅井長政
浅井長政は、
情に厚すぎる男だ。
・義理を切れない
・約束を裏切れない
・非情になりきれない
そして、それを慕う家臣が多すぎる。
浅井長政の嫁はお市の方。
信長の妹。
最初は、政略。
いや、監視役に近い嫁入りだったはずだ。
だが、お市は長政を愛してしまった。
それが、この戦の最初の歪みだった。
朝倉家など、見捨てればよかった。
だが長政にはできなかった。
結果
織田を敵に回し、
朝倉を守り、
浅井家は挟み撃ちの位置に立つことになった。
信長、撤退
信長は判断が早かった。
即、撤退。
金ヶ崎から一気に引き、岐阜へ戻る。
そして
岐阜城。
地図が畳に叩きつけられる。
信長
「……どえりゃあ、たわけだわ」
「長政ぁ…… 恩も血も踏み潰す、
ど腐れたわけが!」
家臣たちが息を止める。
「朝倉に股開いて、 わしの背中に刃ぁ立てるたぁ、
肝座っとるなぁコラ」
信長は笑った。
だが、目は笑っていない。
「首だ」
「首を獲れ」
「道中ずーっと晒せ」
「近江じゅうに見せたれ」
「わしに裏切りゃあ、こうなる ってなぁ!」
その声に、誰一人、口を開けなかった。
再進軍
岐阜から兵を集め、再出陣。
織田軍 二万九千
徳川軍 五千
長比城、刈安尾城を落とし、
軍は小谷城へ迫る。
迎え撃つは
浅井軍 八千
朝倉軍 一万
そして姉川。
川を挟む両軍
朝霧が川面を覆う。
水音だけが、異様に大きい。
徳川軍 対 朝倉軍
織田軍 対 浅井軍
川を渡るということは、
足を取られ、隊列が崩れるということ。
誰もが分かっている。
最初に踏み込んだ者が、一番死ぬ。
兵たちは無言で武具を締め直す。
馬の鼻息が荒い。
小谷城。
お市は、静かに長政を見つめていた。
「……兄上は、止まりませぬ」
責める声ではない。
ただ、事実だった。
「この戦、勝っても、 浅井は……元には戻れませぬ」
長政は答えない。
お市は微笑んだ。
「それでも、
あなた様が選ばれた道なら、
私は、浅井の女として立ちます」
信長の妹ではなく。
浅井長政の妻として。
それが、お市の覚悟だった。
浅井長政は、
間違ったわけではない。
だが
時代が、彼を許さなかった。
姉川の水は静かだ。
だが、まもなく――
川は間もなく血で濁る。
姉川の戦いは、
今、始まろうとしていた。




