第4話 書状を受け取りました。
織田信長軍、朝倉攻め。
その書状を受け取ったのは、近江・小谷城。
浅井家当主、浅井長政である。
長政が生まれた頃、浅井家は六角家の傘下にある一豪族にすぎなかった。
六角家の意向により、家臣の娘が正室として送り込まれたこともある。
「六角の家臣の“義理の子”になれ」
父からそう告げられたとき、若き長政の胸に湧いたのは、屈辱と怒りであった。
長政はその女を送り返し、挙兵。
一万の兵で、侵攻してきた六角二万を撃ち破った。
その後、朝倉家の仲裁により六角と和睦。
以後、浅井と朝倉は深い親交で結ばれてきた。
苦しい時に手を差し伸べたのは、いつも朝倉だった。
そして今。
小谷城・評定の間。
家中の重臣たちが顔を揃える。
「……朝倉はんとは、もう切っても切れへん仲や」
老臣が低く言う。
「せやけどな」
別の武将が続ける。
「織田はんは、今や飛ぶ鳥落とす勢いや。下手に逆ろうたら、浅井が潰されかねまへん」
「ほな、朝倉はんから加勢を頼まれたら、知らん顔せえ言うんかいな?」
若い武将が声を荒げる。
「書状にはな」
家老が静かに言った。
「最悪の場合は“不戦”にしてほしい、とも書いてありましたわ」
その言葉に、場が重く沈む。
そこへ、長政の父が杖を突いて一歩前に出た。
「……六角と戦うた時のこと、忘れたらあかん」
低く、しかし強い声だった。
「あの時、朝倉はんがおらんかったら、浅井は滅んどった」
誰も反論できなかった。
長政は黙って皆の顔を見渡していた。
若き当主。
だがその眼差しに迷いはあれど、軽さはない。
「信長はんは……義兄でもある」
長政はぽつりと言った。
「わしが裏切れば、恨まれるやろな」
家臣の一人が、そっと言葉を添える。
「殿が悩むのは、皆わかっとります。
せやけど殿は、義を捨てて生き延びるお方やない」
別の武将もうなずく。
「殿についていく、と皆決めとりますさかい」
その言葉に、評定の空気が変わった。
誰一人、長政から目を逸らさない。
長政は、深く息を吸い――。
「……朝倉家を助ける」
はっきりと告げた。
「出陣いたす」
一瞬の静寂ののち、
「おお……」
と、押し殺した声が広がる。
「この戦、厳しいもんになるやろ」
長政は続ける。
「織田は強い。信長は恐ろしい男や」
それでも、と言葉を切り、
「恩を踏みにじって生き残る浅井は、もう浅井やない」
家臣たちは一斉に膝を打った。
「殿……!」
「それでこそ、浅井の殿や!」
こうして浅井長政は決断した。
義を選び、情を選び、
そして、織田信長と刃を交える道を。
近江の空は静かだった。
だがその静けさは、やがて歴史を揺るがす嵐の前触れであった。




