マクドナルドへ
ツタヤを出ると、僕は再び自転車に跨がった。ペダルを漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。再び身体に吹き付けてくる生温い風。まるでそれは僕自身のようだ。僕は現在三十一歳で、彼女もいなくて、そんな自分をどうにかしたくて、でも、結局、何もできていない。何もしていない。小説家になりたいと思うのは良い。でも、その願望のために、僕は本当の意味で真剣に努力しているといえるだろうか?答えはノー。ノー。ノー。ノー!僕の志は身体に吹き付けてくる風みたいに生温い。
と、そんなことを考えていたら、危うく電柱にぶつかりそうになった。というか、ちょっとぶつかった。転びそうになる。でも、なんとか踏み留まる。まったく暗いことを考えていたら、目の前まで真っ暗になってしまった。
なんだか妙に身体に力が入らないなと思ったら、空腹だった。そういえば今日は朝から何も食べていない。腹が減ったと思たら、腹が大袈裟な音を立てて鳴った。何か食わせろ!と胃袋が抗議しているみたいだ。
上手い具合に、すぐにそこにはマクドナルドがある。そういえばここ最近はマクドナルドなんて食べていない。誕生日の次の日のランチとしてはいささか華やかさに欠ける気もしたけれど、とりあえずマクドナルドに入ることにした。
訪れたマクドナルドは比較的空いていた。駅前の店舗ではないし、時間帯も時間帯なのでわざわざマクドナルドで食事を取るひとも少ないのだろう。僕はレジでチキンフィレオのセットを購入すると、それを持って二階に行き、窓際の席を選んで座った。
窓の外には特になんということのない、どこにもでもありそうな景色が広がっていた。歩道があり、歩道の向こう側には車道があり、その車道の向こう側にまた歩道があってその歩道にそっていくつかの店が並んでいる。床屋、バイク屋、100円ローソン。地味で退屈な景色だった。通りにそって植えられた桜の木の葉桜も、そんな景色にはうんざりしているのか、弱い風に吹かれて憂鬱な表情で揺れていた。
僕はそんな景色をしばらくのあいだぼんやりと眺めていてから、思い出したようにチキンフィレオを手に取って口に運んだ。アイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れてかき混ぜる。
食事を終えると、急激な眠気に襲われた。僕はたまらずテーブルの上にうつぶせになった。そしてそのまま十分か、十五分うとうと眠った。
しばらくしてから身体を起こすと、眠ったせいか、目の前に広がる景色が妙に白っぽく霞んで見えた。全てのものが本来の色彩のうえから薄く白の色彩を重ねたかのように見える。まるでまだ夢のなかにいるかのようだった。
いつ間にか僕の前の席にはひとりの女の子が座っていた。わりとかわいい女の子だった。彼女は頬杖をついてぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。窓の外に視線を向けた彼女の瞳は心持ち細められていて、そんな彼女の表情はどことなく哀しそうに見えた。まるで窓の外に見える景色のなかに何か失ったものを見出しているかのような表情だった。そして僕は思った。彼女は誰かに似ているな、と。しばらくのあいだ彼女が一体誰に似ているのか思い出せなかったのだけれど、やがて僕は思い出した。彼女は深沢さんに似ているのだ。
深沢さんというのは僕が大学のときに好きだった女の子だ。ゼミが同じだった。僕が小説を書いていると言うと彼女は興味を持ってくれて、ぜひ読ませてくれたと言った。当時僕が書いていた小説はお世辞にも面白いとは言えない代物だったけれど(今だってかなりひどいのに、その頃の小説はそれに輪をかけてひどかった)深沢さんは気を使ってくれて面白いと言ってくれた。さわやかだね、と。僕は彼女の言葉を鵜呑みにして小説を書き上げるたびに彼女に手渡した。きっと迷惑だったろうと思うけれど、彼女は決して嫌がらずに僕の書いた下らない小説を読んでくれた。そして読むたびに面白いねと笑顔で言ってくれた。べつに褒めてくれるからではないけれど、気がつくと僕は彼女のことが好きになっていた。とても真剣に。四六時中僕は彼女のことばかり考えていた。もちろん、僕は彼女に告白することを考えた。彼女と付き合いたいと思った。でも、残念ながら、彼女には他に好きなひとがいた。彼女は軽音サークルに入っていて、そのサークルの先輩のことがずっと好きだったのだ。なんで僕がそんなことを知っているのかというと、彼女からその先輩のことについて何度も相談を受けていたからだ。その先輩と仲良くなるめにはどうしたらいいのか、と。
結局、僕が彼女に自分の気持ちを告げることはなかった。大学を卒業するまで僕と彼女は友達同士のままだった。そしてまた彼女が憧れの先輩と付き合えることもなかった。
深沢さんとは大学を卒業してから一度も会っていない。深沢さんは大学を卒業したあと、実家のある岡山に帰って行った。卒業してからもしばらくのあいだはメールのやりとりをしていたのだけれど、いつの間にかどちらからということもなく連絡を取ることもなくなってしまった。
彼女は今頃どうしているんだろうな、と、懐かしく思い出した。そして彼女のことを考えると、少しだけ哀しい気持ちにもなった。心のなかに水たまりができていくような感じがあった。僕たちももう三十一歳だし、彼女もきっと今頃は結婚して子供のひとりでもいるのかもしれない。
それから僕はふと思い出した。彼女の歌声を。彼女は学園祭でいつもライブをやった。彼女がボーカルのスリーピースのバンドだった。いつも同じメンバーの組み合わせだったから、きっと軽音サークルの仲の良いメンバーで組んでいたのだろう。彼女たちは大概椎名林檎とかクラムボンとかのカバーをやっていたけれど、でも、最後の大学四年の学園祭では自分たちのオリジナルの曲を歌っていた。彼女たちのオリジナル曲はもちろんプロのそれに比べたら、だいぶ見劣りのするものではあったけれど、でも、それだからこそ逆に切々と伝わってくる何かがあるような気がした。彼女たちの拙い演奏や、ぎこちない歌声が、何か熱い風のようになって立ち上がってくる気がした。彼女は歌っていた。叫んでいた。わたしたちはずっと前から伝えようとしてきた。何度も。何度も。何度も。でも、どうしても伝わらなくて。それがもどかしくて。切なくて。哀しくて。でも、今はこうも思っている。べつに伝わらなくてもいいと。ただ自分のなかで強く思っていればそれでいいんだって。
今見えている視界に重なるように、大学生の頃の深沢さんがにっこりと微笑みかけて、僕に向かって何かを語りかけようとして、でも、すぐに消えた。
情けない僕はいつも思っているの続きです。