ツタヤへ
アパートの外に出ると、曇りとはいえ、かなり蒸し暑かった。何もしていないのに汗が滲み出てくる。
自転車に跨がる。ペダルを漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。漕ぐ。自転車に乗っていると風が吹くのでさきほどまでの蒸し暑さは多少軽減されるけれど、あまり涼しいという感じではない。どちらかというと生温い扇風機の風を浴びている感じに近い。
僕のアパートから最寄りのツタまでは自転車で15分くらいかかる。遠くもないけれど、近くもない。蒸し暑さのなか自転車に15分も乗っていると、嫌でも汗が吹き出してくる。
ツタヤのなかに入ると、冷房が効いていてかなり心地良かった。思わず瞳を閉じたくなる。肌に張り付いていた汗の粒が、逃げ惑う虫のように再びの体内に潜り込んで行く感覚がある。
とりあえずという感じで店内を物色する。新作は何が出ているのか。借りたいものはないか。洋画コーナー。CDコーナー。邦画コーナー。せっかく15分もかけてきたのだから、借りていたDVDを返してすぐに帰るのもなんだかもったいない気がする。
そしてアダルトDVDのコーナー。ついこのあいだ借りたばかなりなのでちょっと躊躇したけれど、結局我慢できずに僕はアダルトコーナーの暖簾を潜った。
ここのツタヤのアダルトDVDコーナーは異臭がする。といっても、猛烈に臭いというわけではなくて、ほんの微かな、そんな気がするかな、という程度の異臭だ。古い汗のような匂い。このアダルトDVDコーナーに群がる男たちの性欲が体積した匂い。どこか物悲しい、憐憫とした感情を抱かせる匂いだ。
平日の昼間の時間帯ということもあってアダルトDVDコーナーに客の姿は僕の他にひとりしかいなかった。僕の他にアダルトDVDを物色しているのはもう優に六十歳は過ぎているだろうと思われる、すっかり頭髪の薄くなった老人だった。老人はフレッシュギャルズコーナーのDVDを熱心に手に取ってみていた。アダルトDVDを手に取り、DVDのパッケージをじっくり観察してから、また棚に戻すという作業を繰り返している。僕はこんな年齢になっても性欲が衰えないなんてすごいな、と崇拝するように思った。
僕も老人に劣らない熱心さをもってアダルトDVDを見て回った。すると、ひとつ僕の好みのDVD が新しく出ていた。ものすごく迷った。なにしろつい先日も借りたばかりだ。連続で借りたりしたら、どんなに餓えた男なんだとツタヤの店員に呆れられるような気がした。それしかやることないのかよ、と。そんなふうに思われるのは絶対に嫌だった。
でも、最終的に僕は誘惑に負けた。昨日誕生日だったんだからいいじゃないか(何がいいのかわからないけれど)、と、僕は自分に言い訳した。
レジは混雑していて、四十歳手前くらい男性とまだ二十歳になったばかりくらいの若い女の子が接客をしていた。僕はレジに並びながら自分の接客をしてくれるのが男性の店員でありますようにと心のなかで念じていた。けれど、残念ながらその思いは届かなかった。僕の貸し出しの担当をしてくれたのは若い女の子だった。しかも、結構かわいい女の子だった。女の子は僕がアダルトDVDを返してまた新しくアダルトDVDを借りていこうとすると、ちょっとだけ、もしかしたらそんな気がしただけなのかもしなかったけれど、軽蔑するような目で僕の顔を見た。そしてそんな彼女の眼差しは僕を傷つけた。連続でアダルトDVDを借りて行く僕が完全に悪いのだけれど、でも、僕は好きなひとに嫌悪されたような気持ちになった。あーあ。
情けない僕はいつも思っているの続きです。