知らない人
ワシが九才か十才くらいの時の話やから、六十年くらい前の話やな。
ワシの親父の実家が鶴来の山の方にあってな。
夏休みに三つ下の弟とワシの二人でその家に遊びに行く事になった。
親父は勤めがあったし、後で母親と一緒に来る段取りになっとった。
ジイさんは戦争で死んでしもとったから、バアさんしかおらんかった。
その日の夕方、近所の寺の住職が、子供らち集めて怖い話をする言うから、ワシは弟の手を引いてバアさんと寺まで怪談を聞きに行った。
バアさんは、ワシと弟に「こんなん聞いて、夜中便所行けんくなっても知らんぞ」言うとった。
家帰ってきて夜中の話や。
ワシは、なんやらゴワゴワした布団で中々寝付けんかった。
そしたらの。弟が横まで這いずって来て、「兄ちゃん、便所行きたい」言う。
「ほやから、怖い話なんか聞いたらあかん言うたろ」とワシは弟に言うたが、正味な話、ワシも便所に行くがが怖かった。
お前らは知らんやろうが、昔の古い家いうがは、今とちごて便所が外に有るがが普通やった。
弟は何度も「兄ちゃん兄ちゃん」言うて、ワシの寝巻きを引っ張ったが、ワシは弟にゴロンと背中向けて「知らん。一人で行けま」言うた。
しばらくして静かになった。
朝になって、朝飯の前に弟に「便所一人で行ったがいなあ」言うたら、弟はケロッとした顔で、「なん。知らんオッチャンに連れてってもろた」言うた。
親父と母親はまだ来とらんだし、ワシと弟とバアさんしかこの家にはおらんかった。
ワシは何やら恐ろしくなって、弟の言った「知らんオッチャン」について聞けなんだよ。
―― 了
09年9月ごろ『すき間の話』を書いた後、少し時間があり、
「なら、もう一本やってみるか」
と思って書いた作品です。
コンセプトは『すき間』と同じですが、イメージ的には『仕事の休憩中に先輩が『すき間の話』をしてたら、定年間近の上司が「怖い話ならワシもあるぞ」とのってきた』という、面倒くさいイメージ。
オチがないのは『すき間』と同じなのですが、文量の少なさが気に入っています。




