男って結局こういうのが好きなんでしょう?
はじめまして。よろしくおねがいします。
『己が最も美しいと思うもの』
毎年恒例の王家からのお題は御歳十歳の第三王子殿下より発表された。自薦、他薦は問わず。美術品でも宝飾品でも生き物でも何でも良し。これから一年の間に申請を出して提出したものの評価を受け、年の瀬に最優秀賞が発表される。最優秀賞に選ばれれば王家からの報奨に加え、その評価により本人に付加価値が付く。ざっくりと言えば職人ならばその名で作成したものの価値が上がり、貴族ならばその目が優れていると一目置かれる。もちろん不正は許されず、貴賤問わず結果は評価されるので下町の小さな工房が王家御用達に認定されることすらあるし、それに対してどのような横槍をいれることも許されない。
つまり、年に一度の一攫千金のチャンスである。
一昨年の『王女に最も似合うリボン』に選ばれたのは刺繍や宝石を縫い付けた豪奢なものではなく、ただただシンプルな手触りのいいベルベット調のリボン。
昨年の『王弟のお気に入りの小説にふさわしい表紙絵』はそれまで評価されたことのない無名の学生の風景画。
ここ二年は豪華でも有名でもないがお題提供者がただ気に入ったものが選ばれた。もちろん過去には贅を尽くしたアクセサリーだったり、種が尽きたと思われていた希少植物が選ばれたりもしたこともある。これはお題提供者の意見に左右され、現在の審査員は国王・王妃・王子三名・王女・王弟の計七名。審査員長はお題提供者になるので、総評プラス審査委員長の意見で評価が決まる。なお、審査委員長の意見は最も強い。
さて。『己の最も美しいと思うもの』とは。誰かが美しいと思わなくても、自分がそうと思えばそれでいい。解釈はとても広い。ただし最低限の決まりはある。今年のお題提供者である第三王子はまだ十歳。その歳にそぐわないものはまずアウトだ。どれだけ美しかろうが十歳のお子様に自分が美しいと思うからと女性の艶めかしいボディラインを提出するのはだめだろう。行き過ぎたグロテスクなものを美しいと思う感性もあるかもしれないが、それも流石に情操教育にはよろしくないので事前審査で弾かれる。未成年の王族に見せても問題のないレベルのもの、という暗黙の了解。
「殿下の年齢考えたらキャサリンの踊りはだめかぁ」
「王宮で下町の踊り子のセクシーダンスを披露するわけにもいかんだろうよ」
「せめて第一王子…いや、陛下か王弟殿下ならなぁ」
新年の挨拶がてらに顔を出した職人街の食堂では今年のお題についてが一番の話題だ。アーティもカウンターの店主に挨拶をしながら定位置に座る。
「みんな早速やる気だねぇ」
「おや、アーティはやる気じゃないのかい?」
「そんな訳無いでしょ。もちろんやる気よ!」
アーティ・ブラウン。二十二歳。十五歳で時計技師に弟子入りしてようやく自分ひとりで売り物を作れるようになったところだ。アーティには前世の記憶がある。時計技師、に憧れた販売員。どれだけ頑張っても手先が器用ではなく、作るのは諦めたが老舗の時計店で販売員として勤めていた。今世はありがたいことに細かい作業が得意で、憧れに憧れた時計技師になることができた。時計のある世界で本当によかった。
「でもアーティの『美しいもの』は時計だろ?飾りを華やかにするとか何かすごい仕掛けでも作るかしかないんじゃないか?」
「はぁ?何言ってんのよマスター!時計はそれだけで美しいでしょうが!あの洗練された歯車の動き……一秒の狂いなく動く正確な針の動き……それだけで酒が飲めるわ!」
「落ち着けアーティ、普通のひとは時計で酒は飲めない」
「でもそうよね……裏蓋を開けなければ歯車の動きは見えないもの……普通に使っていたら見えない…けれどそこにこそロマンがあるのよ…」
「おい、聞け。帰ってこい」
頼まずとも出てくるいつもの定番をつつきながら考える。前世が小型化に優れた国の生まれだったからか、アーティは弟子入りしてから床置きの大きな振り子時計を壁掛け時計まで小型化することを師匠に提案して成功させた。そこから更に小さく、小型に。今は懐中時計の試作に励んでいるところだ。いずれは腕時計までサイズダウンさせることを目標としている。そのあたりは部品職人と毎日のようにもっと小さく!無茶言うな!と喧嘩中でもある。
期限は一年。その間に腕時計までのサイズダウンは難しい気がする。ならば今できる懐中時計でどうにかできないか。美しさ…美しさねぇ……中が見えればそれだけで美しさが見えるのに。中が見えれば…?そういえば前世にはあったじゃないか、そういうの。自分も買ったじゃないか、そういうの!
ガタッと音を立てて立ち上がり、マスターに向かってにやりと笑う。
「決まったぁ!!」
「はぁ?」
「時間なんていくらあっても足りないわ!マスター会計これ!ごちそうさま!」
こうなってはもうアーティの頭には時計のことしかない。まずは既存サイズの懐中時計をベースにして。ガラス職人にも声をかけなくては!あぁ、考えるだけで楽しくて仕方がない!新しいものを作ることにワクワクして仕方がない!思い描くものがたとえ王家に気に入られなくても構わない。だって今、アーティが作りたいのだから。アーティが美しいと思うものを見せつけられるものを作るのだから。
期限となる年末まであと僅かのところでようやく満足のいくものが出来上がった。寝る間も惜しんだ。肌は荒れたし頬は痩けたし髪の艶も消え失せた。部品職人にはもうお前が作れとキレられた。ガラス職人にもキレられた。親方たちならできると思ったのに無理ですかそうですかじゃあもういいですよどうせできないんですよねと煽ったら最高傑作が出来上がった。負けん気の強い職人はこれだから最高だ。
頑固職人の作った最高のパーツを丁寧に丁寧に組み上げる。文字盤は見やすく。ここは譲れない。ムーンフェイズの機構を共に模索してくれた師匠にも感謝しかない。よくもまぁ一年足らずでここまで形にできたものだ。師匠はもしかしたら時計の神なのだろうか。高い酒でも献上しよう。
「クロス時計工房代表アーティ・ブラウンです。私が最も美しいと思うものをお持ちしました」
前世の就職面接のようにずらりと並んだ面接官、もとい王族の面々に付け焼き刃の最敬礼で相対する。時計の出来には自信があっても前世・今世合わせたってこんなにも高位の方々と接する機会なんてなかったから心臓が立ててはいけない音を立てている。
時計は結局アーティ個人ではなく所属する時計工房としての提出となった。だって一人では作れなかったものだから。師匠に代表をお願いしようとしたが嫌だと即答された。お前が始めたんだから最後までやれと。絶対あの人は王族の前に出たくないだけだと思う。
侍従に手渡した小箱が陛下の手に渡る。もうすでに死にそう。お腹痛い。胸も痛い。多分どこか破裂してる。
箱が開けられてまず上蓋の装飾を確認される。
「近年流行りの懐中時計だな。これは…竜と剣と盾か」
「はい。長く親しまれた物語で誰でも一度は触れていると思いました。現在出版されている絵本版の竜騎士物語の剣と盾をモチーフにしています」
「確かに。余も幼い頃に読んだな」
そう言いながら順に小箱が回され上蓋の装飾を確認していく。まぁ…女性陣には刺さらないとは思ってはいたけど男性陣は懐かしむような目をしているのが救いだ。
「僕もこのお話好きです」
今回の審査委員長でもある第三王子殿下のにこっとした笑顔にほんの少し緊張が解ける。よかった。お題提供者の掴みはいいみたい。
続いて時計が箱から出されて蓋が開かれる。ほぅ、という陛下の声にムーンフェイズの珍しさが刺さったと脳内でガッツポーズ。
「この絵柄になにか仕掛けはあるのか?」
「そちらは時と共に絵が少しずつ変わります。山を越え、海を渡り、やがて竜と騎士が約束の地にたどり着くように」
「絵が動く?そんなことが可能なのか?」
「我が師、クロスと共に機構を開発しました」
本来ならば月の満ち欠けを表すムーンフェイズだが、周期を合わせるところまでは出来なかった。なので時計の針が進むごとに少しずつそこに描かれた竜と騎士が物語をなぞるように動くようにした。竜騎士物語は心を通わせた竜と騎士が約束の地まで旅をする物語なのだ。
「このように小さな中に物語を仕込むのはすごいですね」
「今までのシンプルな盤面も使い勝手はいいですがこれは時計を見たときに楽しいかもしれないです」
上の王子二人が食いついた。よし。古今東西男の子はギミック好きだと信じてた。
「でも」
「美しさとは違う気がするわ」
王妃と王女が顔を合わせる。そうですよね。ここまでは少しギミックの追加されたただの懐中時計。私の思う美しいものはまだ、隠れている。
「上部と下部にあるボタンを同時に押して時計本体を外してください。そこに私の思う最も美しいものがあります」
カチリと小さなボタンを二つ押し込むと固定が外れて時計本体が外される。この隠された小さな美しい世界を見て。見て!
「これは…!」
「初めて見ます…」
「こんなに小さいのに動いてる…」
シースルーバック。前世の腕時計で見られた、裏蓋をガラス張りにして中の機構を見せる仕様。金属蓋ではなくガラス蓋にすることで中の動きを丸見えにする。ここに機械式時計の美しさが詰まっているのだ。これを実現するために今までよりも更に強度の高いガラスを作ってくれと揉めたのだ。揉めたかいがあった。おかげで表のガラスも強度が増した。本当にいい仕事をしてもらえた。
「通常は金属蓋で隠れていますが、実際の時計の内部構造はこのように複雑に、ズレもなく、時を刻むためだけに動き続けているのです。私はこの歯車の動きが、時計の内部構造が、最も美しいものだと思っています」
男性陣は目が離せないようだ。手のひらに収まる大きさの中に無数の歯車や何ともわからないパーツが規則的に動き続けている。今まで身近にあっても中がどうなっているかなど見たこともない小さな世界がそこにあったのだ。
知っていた。かつての携帯ゲーム機はスケルトンデザインが人気だったことを。様々なカラーバリエーションの中でもスケルトンデザインに心惹かれたあの頃の自分を。友人を。人は本来見えないものが見えるということに少なからず興味を惹かれる。それは前世も今世も関係ない。かつての自分と同年代の第三王子の目が輝くのを見ていたらわかる。
心燃える物語と、ちょっと大人っぽいものに憧れる年頃。そこにスケルトンデザインを足してみれば。ほら、男の子の心ってかわいらしくわかりやすい。かつての男の子もちょっとは心揺れるでしょう。
結局、男の子ってこういうのが好きでしょう?
これは、ここが、どうやって、こうなっているのか、かっこいい……ぼそぼそとつぶやく男性陣を横目にちょっと理解できない顔をする女性陣には刺さらなかったかもしれないが、私は私が美しいと思うものを男心にぶっ刺して大満足だったのだ。
ちなみに最優秀賞は騎士の剣に竜の巻き付いた鏡面仕上げのペーパーナイフだった。さすがに少年相手ではそれにはかなわない。
きれいもかっこいいも少年にとっては同じようなもの。
時計の知識はありませんが歯車の動きとかは延々見てられる。




