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ウェルウィッチアの灯台守

作者: 宮枝ゆいり
掲載日:2026/03/29

1


 勇者は本当に不死身だった。


 それは俺が、魔王討伐とは名ばかりの侵略に参加した時のことだった。


 人間界と魔界を繋ぐ門。


 これを通り、人間界の国々の全面支援を受けた勇者一行とその手勢は魔界へ向い、俺は後方支援職として従軍していた。


 彼らは手始めに魔界の盟主の一角である樋嘴石(ガーゴイル)族が治める領地に侵攻した。


 五種族が内のひとつ、樋嘴石(ガーゴイル)族は、魔物を害する人間達から魔界を守る門番の役目を負っていた。彼らは悪意を映す水晶を体表に備えており、神経に繋がったソレによって彼らは相手の行動を先読みする能力があった。


 それゆえ、素材の為だけに魔物を殺す人間が正面から突破することは不可能とされていた。


 しかし、あの日、勇者によってその不敗神話は崩れ去った。


 勇者一行が先陣を切って、部隊が城内になだれ込む。魔物の悲鳴をかき分けながら先へと進んでいく。


 俺は、地図にかけられた魔法を頼りに一人で戦地を駆け巡った。それは戦うためでもなく、伝令のためでもない。適切な方法で魔物にとどめをさして、素材を剥ぎ取るためだ。


 俺の役割は、倒された魔物から素材を収集する剥ぎ取り屋(ハンター)だ。


 魔物は力尽きた後、時間経過で消滅する。それまでに適切な処理を行わなければ、有用な素材まで消滅してしまうのだ。そのせいで俺はこんな前線まで出張っていて、疎まれてさえいる。


 戦闘職は命を懸けて戦っているが、俺は安全な所から手柄を横取りしている。


 そう思われていた。馬鹿らしい。阿保らしい。


 実際は、戦闘後の痕跡で誰が倒したかは識別できる。地図の表示魔法にも利用されているのだから、誤魔化せないし、横取りは起こりえない。それに仕留め損なった魔物の、必死の抵抗に遭遇する確率も高かった。


 地図に表示される戦闘の痕跡表示が瞬く間に増えていくので、俺は悪態をついた。


「後先考えない侵攻だけが一丁前な奴らが。誰が行軍の資金を工面していると思ってやがる」


 素材は人間界の国々で売買され、儲けた金は行軍資金か支援をした国々の懐に入る。


 これだけでも、勇者は素材を得るための(てい)のいい手段だと分かるが、勇者は悪意を映す水晶が効かないほど純粋な奴だ。嘘を吹き込まれ、魔王が企む悪行も信じているのだろう。


 何度も、何度も、俺は短剣を振り下ろした。立ち止まる度に、俺は気休めのような祈りを捧げた。


「心安らかな闇に眠らん」


 そうして、ついに勇者一行にまで追いついてしまったのだった。


 樋嘴石(ガーゴイル)族の族長と一進一退の攻防を繰り広げる勇者。彼らは演舞場と思われる開けた場所で剣を交えていた。


 両者の取り巻きは牽制し合っている。加勢するほどの技量を持ち合わせていない俺は物陰に隠れて様子を見ることにした。


 族長の構える長柄の斧付き槍(ハルバード)に対して、勇者は間合いの内と外を回遊しながら、刺突剣(レイピア)短剣(ダガー)の二刀流で手数を稼いでいた。


 一見、勇者が優勢のようだが、人間と魔族の種差は歴然。周囲の樹木を切り倒すほどの余波を生む族長の剛力に押し返され、よろけたところを骨もろとも叩き割られるのも時間の問題だ。


 そして、ついにその瞬間はやってきた。


 この男には悪意を映す水晶が効かない。それを理解した樋嘴石(ガーゴイル)族の族長は、『行動を予測して空間に刃を置いておく』作戦から、技巧で『行動を誘導する』作戦に切り替えた。


 勇者の隙は増え、族長の隙は減っていく。負の比例式は着実に戦況を反映していた。


 間合いの内側に入ろうとした時、勇者の踏み込みが浅すぎた。勇者の胸部が槍斧の刃でガッと横薙ぎにされる。


「あれは脊髄までいったな」


 横目で見ながら、至極冷静に。俺は逃走経路を地図で確認した。


 樋嘴石(ガーゴイル)族の族長は勝ち誇ったように、槍斧の刃先に刺さったままの勇者を天に突き上げる。


 だが、勇者は死んでいなかった。


 勇者の左腕は胸に刺さった槍斧の刃を押し返した。勇者の右手が握り締めた刺突剣(レイピア)は族長の首筋に突き立てられた。


 即死の一撃は、永遠に樋嘴石(ガーゴイル)族の族長を地に伏せさせた。


 地上に生ある者として再び降り立った勇者を、割れんばかりの歓声が迎える。


 俺は地図と一緒にその一部始終を眺めていた。しかし同時に異様なものを見たような気がして、地図の印を凝視した。


 地図の印は友軍が致命傷を負った時にも表示される。勇者と思われる印は確かに現れた。


 だが、勇者の印は直ぐに霞んで、まるで吸収でもしたかのように、別の印が緩やかに現れた。


 その印は友軍のものだった。一瞬のことで、地図をその間ずっと見ていなければ気が付かなかっただろう。


 以前から、勇者は不死身だと噂されていた。信じていなかった訳ではないが、疑う気持ちの方が大きかった。とはいえ、即死の一撃からの復活を目撃した今、不死身のからくりに興味が出た。


 不審な印が現れた場所は、攻撃の余波で切り倒された樹木が林立していた。


 木陰をひとつひとつ確認していくと、折れた樹木の根元近くに布地のへたれた黒のとんがり帽子が見えた。


 近寄ると、人間の形をしているものが見えた。倒れた木に押し潰されることなく、ちょうど隙間に挟まっていた。


「おい、怪我をしたのなら拠点に帰れ。帰れるか?」


 俺はその人間の右肘を引っ張って助け起こした。


 立たせてみて、俺は人間の正体に気が付いた。


 (つば)の広い黒のとんがり帽子で顔を覆い隠す彼女は、


「魔女」


 と、呼ばれていた。


「ええ、魔女と呼ばれるウェルウィッチアです」


 立ち上がった人間は耳聡く、俺の口からついて出た言葉を訂正した。


「失礼、ウェルウィッチア。単刀直入に訊く。勇者が不死身である原因は君なのか?」


「そうなりますね」


 彼女は悩む様子もなく、即答した。そして呑気に黒のとんがり帽子の位置を気にしている。


「どうしてそんなことをしている。君は同伴志願者であって、勇者と行動を共にする正式な班員ではなかったはずだが」


 魔王討伐遠征の参加者は、三種類に分けられる。


 俺のように技能で依頼を受けた者、訓練された国の兵士、そして、同伴志願者。


 勇者と行動を共にできるのは依頼を受けた者と精鋭の兵士だけで、それも戦闘に特化した者のみだ。


 同伴志願者は、自費と人脈で遠征に参加する数寄者である。数寄者と称したのは、魔界では貴重な魔物の素材を得られることもあって殺到した多数の志願者の選別に、多額の遠征寄付金と国のトップの推薦状を要求したことに由来する。


 とはいえ、金か推薦状のどちらかが真正であれば審査には合格できるらしい。


 金と地位の両方を追求してしまうと、頭数が揃わない。裏にいる国々の出資金の節約と、機転の利く狡賢さで長く生きられそうな雑兵の確保。どちらも資金の節約が目的なのは言うまでもない。


「訳はあとでお話します。あなたに依頼したいこともありますが、今は時間がありません。倒した魔物の処理を急ぎましょう」


 聞いて、俺は演舞場の方へ振り返った。戦意を失った魔物たちの屍が続々と積み上がっていた。


 活躍の機会を逃せば、また脳筋どもにとやかく言われるだろう。


「依頼は高くつくぞ」


 木陰の闇に消え入りそうなほど、ちっぽけな魔女ウェルウィッチアを置いて、俺は駆け出した。




2


 道を(たが)えた。それを強いたのは俺の臆病だった。


 初めて、魔物と戦った時。俺は魔物を傷付けることが怖かった。


 俺は前衛を譲った。魔物は倒された。そして、何もしていなかった俺は素材を剥ぎ取るためにとどめを刺さなければいけなくなった。


 肉を裂いて皮を剥ぎ、牙を抜き、瞳を抉り、余すことなく素材にした。


 仲間からは『才能がある』と言われた。


 いつしか俺は剥ぎ取りを専門とする有名な後方支援職になっていた。




3


 なぜだか眩しくて俺は目を開いた。ぼやけた視界から自分が泣いていたことが分かる。


 寝床から上半身を起こすと、誰かが出入り口の幕をくぐり、蓄光していた光牙(こうが)(じゅう)族の牙のランプを付けたところだった。


「夜分遅くに失礼します。お疲れでしたか?」


 涙を強く拭ったせいで、俺の目元は赤くなっていた。


「ああ。戦利品の査定と帳簿付けが終わらなければ、報奨の支給も国への荷送りも始まらないからな」


 息をするように、俺は臆病を嘘で取り繕った。


 魔女ウェルウィッチアは粗末な椅子に腰を掛けて、手を差し出した。俺から話せということだろう。


「なぜ、君は勇者を不死身にした?」


「……意外ですね。不死身になる方法を先に訊ねられるのかと思いました」


「君が同伴志願者である限り、知る機会はいくらでもある」


「あなたが生きている限り、でもありますけどね。勇者様を不死身にした理由はそれだけの事情があったから、だけです」


 彼女は詳細を話すつもりはないらしい。しかし、不死身のからくりという核心さえ知れれば、動機など大したものではない。


「じゃあ、勇者を不死身にした仕掛けを教えてくれ」


「相手を道連れにする一種の呪詛の応用ですよ。勇者様の命とわたしの命を繋いで、致命傷は全てわたしが肩代わりをする」


 平然と、まるで自慢でもするかのような口ぶりで、魔女は語った。


「正気じゃない」


「勇者様に授けられた能力のように、肩代わりの基準を調整するのは確かに正気ではいられない集中と作業量を必要としましたね」


 魔女の見当違いな返しは、俺と彼女の常識の隔たりを明らかにした。


「そうじゃない! 今日勇者が受けた横薙ぎの攻撃は、数秒血が循環するだけの生体機能を残して、心臓が潰れていた。本当に死んでいたんだ。それを肩代わりして君はどうして生きていられる!」


「いつでも死ねる準備をしていますから」


「代償は?」


「あと一年、生きられるだけの命」


 彼女は一年後より先の未来を勇者のためにすべて投げ捨てた。それが、勇者が不死身になれた方法だった。


「偶然でも仕掛けを見られた以上、不死身になる方法を教えてあげましたが、わたしを脅しても無駄ですよ。あなたが不死身になっても、勇者様の代わりは務められない」


「俺は不死身になりたいとも、勇者になり替わりたいとも思わない。そんな器でないことは生まれた時から知っている」


 俺は腰を曲げて、指を組ませた手の上に額を付けた。


「ただ、勇者が本当に死んでしまったら、俺の仕事がなくなる。そんな芽は摘んでおくべきだとは思う」


 遠征中、彼女の身に大事があれば、命知らずの行動に慣れ切った勇者はあっという間に命を落とすに違いない。勇者が死ねば、この遠征は頓挫する。そうしたら、俺は依頼の報酬金も満足に得られなくなるだろう。この話を聞いた以上、彼女の要求を呑む以外の選択肢はもう選べなかった。


 好奇心、猫を殺す。俺は軽はずみな行動を取ってしまったことを後悔した。


「では、魔王討伐中、わたしとあなたは目的を共有する同志になりますね?」


 優位に立った魔女ウェルウィッチアは、念を押した。


 黒いとんがり帽子の陰から時折見える黒目がちの瞳は光を湛えていた。


「動機は違うが……それで依頼は?」


「わたしを魔物の攻撃から助けてください。常に回復できるようにしている所為か、肉体の劣化が激しくて。勇者様を追って前線まで出ると、回避が間に合わないほど衰えてしまいました」


 なるほど……今日、倒木の隙間に埋まっていたのはそのためか。


「それなら、どうして前線にまで出る必要がある?」


「集めなければいけない素材があります。ですが、この衰えつつある肉体は魔物を倒すには脆すぎる。わずかな体力で逃げ隠れをして、勇者様の目こぼしをいただくしか手段がないのですよ」


 確かに、一理ある。勇者が倒した魔物には識別の印を付けない以上、勇者のいる前線にいればどんなに強い魔物の素材でも手に入る。


 勇者が倒した魔物に識別の印を付けないのは、先陣を切る勇者が倒していく魔物の量に、地図の魔法表示が追い付かないから。面子を気にする奴が多いこの遠征だと、識別の印が無く横取りが可能だとしても、勇者の物に手を付けるのは御法度中の御法度だ。


 また、そもそも先を行き過ぎる勇者一行は常に包囲される危険性が高く、素材を剥ぎ取る時間的余裕はない。


 結果、残ったのは誰のものでもない消滅寸前の魔物。相応のリスクを払っているが、彼女はその状況を悪用しているようだった。


 そういった狡賢さが噂になって、俺の耳に『魔女』という呼び名で届いたのかもしれない。


「この機会を逃せば、勇者様の為に集めている素材を揃えられなくなるので無茶をするかもしれません――もし、その収集のために私が死んでしまったら、勇者様も死んでしまう。なんだか本末転倒だとは思いませんか?」


 それは脅しだった。俺を脅すよりも先に、自分が勇者の為にしていることを明かせばいいだろうに。そうすれば、素材収集を手伝う人員も充てられて、魔女と揶揄されることもなくなるだろう。


 だが、彼女が明かさない理由も少し察せられた。純粋で優しい勇者様は、少女が自分の代わりに数えきれない死を経験し、未来まで投げ捨てたと知れば、剣を置くかもしれない。そうなった勇者は、彼女の憧れる勇者様ではない。


 なぜそこまで勇者に献身するのか。不死身のからくりが知れた今、初めは軽く見ていた動機の方も俺は知りたくなった。だが、先の小手調べの問いかけを躱されたことを思うに、ある程度友好関係を築かなければ、教えてはくれないだろう。


「事情は分かった。ただし、正式な依頼を受けられるほど俺は暇じゃない。君が死なない範囲で助けよう」


 そう言って。


 この魔王討伐の遠征が終わるまでに。


 少しずつ距離を縮めればいい。


「味方がいるだけでも心強いです」


 悪名高き魔女は微笑んだ。




4


 樋嘴石(ガーゴイル)族の城を足掛かりに、勇者率いる魔王討伐の遠征軍は他の盟主である魔族の領地へと侵攻した。


 戦況は慌ただしく推移し、敗北の窮地に追い込まれたことも一度や二度のことではない。


 しかしながら、熟練の武芸の持ち主も、熟達した魔法の使い手も、勇者の研ぎ澄まされていく天性の才覚に一歩及ばず敗れ去った。勇者が大将格の族長を落とせば、もうその領地に勝てる魔物はいなかった。


 また、なによりの勝因は、勇者の死を恐れぬ勇猛果敢な攻撃だった。


 魔界の盟主である五種族の内三種族を倒した。現在は、炎を生み出す塵芥(じんかい)(じん)族の領地を侵攻していた。


 遠征の終盤に差し掛かり、遠征軍は思うような快進撃を続けられなくなってきていた。


 魔界の奥へ進むほど、より老獪で知恵のある魔物が多い所為か。いや、不可解なことに、生まれて間もない魔物の方が数段違いの力を振るっている所為だった。せめてもの救いは、幼い魔物らは知恵がなく、老獪な魔物の統率があっても不意打ちが効きやすいことだった。


 彼女を助けながらの素材の剥ぎ取り作業は苦労した。彼女の片腕は衰弱して、もう動かせないようだったが、それでも彼女は前線に出るつもりらしい。


 ついに塵芥(じんかい)(じん)族の本丸へと夜戦を仕掛ける日。頃合いを見て、どうしてそこまで勇者に献身するのか、改めて彼女に理由を訊ねた。


「言えません」


 返ってきたのは明確な拒絶の言葉だった。


 俺は目に見えて傷付いた顔をしてしまったらしい。彼女は慌てていた。


「聞けば、きっと些細な出来事だと思われる理由です。じつは自分でもそう思っています」


 魔女ウェルウィッチアは俯いて、自分の両の人差し指をゆるく突き合わせた。


「けれど、他の誰かからその理由が少しでも些細なことだと思われた途端に、わたしの人生のすべてまでもが否定されるような気がして………だから、言えません」


「些細なことだとは思わない、と誓っても?」


 彼女はほんの少しの時間を思慮に費やして、やんわりと断った。


「これは心の中でしまっておくべき宝物です。勇者が、闇の中にいるわたしを見失わないようにしてくれる灯台ですから」


「勇者、が……?」


「はい。闇の中だと光を放つものは、それはもうよく見えます。ですが、光からは闇の中に同化しきった(わたし)を視認することはできません。わたしからは勇者がよく見えても、勇者からはわたしが見えないのです」


 言い換えれば、自分がどれだけ有名な人物のことを知っていて会ったことがあっても、相手の方は自分の顔や存在すら知らないということか。


「あと、勇者はその出来事をはっきりと憶えていません。でも、わたしを見ればちょっぴりと思い出すようで。それが灯台のようですよね?」


 宝物について話している彼女は幸せそうだった。


「あ、灯台というのはですね……」


 灯台の光は常に全方向を照らしているわけではない。強い光へと集積させるレンズを回転させて、順に灯台の位置を遠くまで知らせている。


 俺も理屈は知っていたが、彼女の説明を聴くと改めて灯台を見てみたい気持ちに駆られた。


 ふと彼女は思いついたように、俺自身のことについて訊ねた。


「あなたはどうして魔王討伐軍に同行する依頼を受けようと思ったのですか?」


「……今の仕事をやらずに、死ぬまで困らないだけの金を稼ぐためだ。ただ、魔王が討たれれば依頼や魔物の数も徐々に減るだろうし……ま、あと十年は続けなきゃいけないかもな」


 魔王が討たれれば、もう魔物の中で勇者に敵う存在はいなくなる。狩られるだけになった魔物の絶対数は減り、素材を剥ぎ取るほどの依頼も減れば、得られる報酬は少額となる。そうなれば、終生に足る(かね)の額への到達は遠のき、細々と剥ぎ取りを続ける羽目になるだろう。


「案外、仕事を続けなければいけない期間は短くなるかもしれませんよ」


 それは彼女なりの励ましの言葉なのだろう。どこか真実味をもって聞こえるのは、彼女が常に誠実な心持ちで接してくれている為か。


「そうなったら嬉しいけどな」


 彼女の希望的観測が、闇に包まれた海の先を照らし出したような気がした。


 俺は依頼を受諾した証として、依頼ごとに俺の呼び名を決めていた。


 それを伝えることは正式に依頼を請け負う合言葉だった。


「灯台守だ。俺のことはそう呼べ」


「依頼を受けていただけるのですね。お願いします。灯台守さん」


 宵明け、遠征軍は塵芥(じんかい)(じん)族の殲滅に成功した。




5


《第七回討伐遠征 戦利品帳簿(輸送済)》


・悪意を映す水晶 ― 樋嘴石(ガーゴイル)族の戦利品


  大4個 中16個 小23個


  不備―瓶詰め 42本


・病苦を癒す涙 ― 終油(しゅうゆ)(ぎょ)族の戦利品


  瓶詰め 特級5匙 上級3本 低級6本


  不備―行軍支給品として処理


・炎を起こす灰 ― 塵芥(じんかい)(じん)族の戦利品


  瓶詰め 上級13本 低級10本


  不備―粗悪品につき迷宮居住区の焼却に転用


・星屑を引き寄せる羽根 ― 流星(りゅうせい)(ちょう)族の戦利品


  5枚組 26セット


  不備―瓶詰め 18本


・光を奪う爪牙 ― 光牙(こうが)(じゅう)族の戦利品


  前肢第一指~第五指 特級2セット


  不備―瓶詰め 上級12本 低級52本


  狼爪(ろうそう)―現地にて採取後ランプに加工。各人の褒賞品として処理




「こんなものか」


 帳簿と荷に誤差がないことを確認して、俺は鉛筆を指で回した。


 魔王討伐を終え、一足先に俺は戦利品の荷と共に人間界へ帰還することになった。


 魔女ウェルウィッチアはいつのまにか姿を消していた。残された書置きには、集合場所と時刻、そして『最期にひとつ、人間界でお願いしたいこと』と『報酬の準備はできていること』が記してあったが、報酬の方は大して期待していない。


 馬車の荷台の最終確認も終え、もうすぐ魔界を発つ頃だった。


「お~~~~い!」


 声を聞くのが先か。肩を叩かれるのが先か。


 振り返った時には真後ろに声の主はいた。


「勇者………!?」


「魔王討伐も終わったのに、まだ勇者って呼ばれるのはむず痒いものがあるなあ」


 勇者は自分の側頭部に手を当てて、はにかんだ。


 困惑と、抑えきれない警戒心。それらが悪事を働いてもいない俺につっけんどんな態度をとらせた。


「何か、私に用ですか」


「用か? いやぁ、用ってほどのことでもないんだけど………一言、キミに言っておきたいことがあって」


 俺が黙って続きを待っていると、勇者は真っ直ぐ俺の眼を見つめた。


「ありがとう。キミが魔物の素材を収集しておいてくれたおかげで、魔王討伐に必要な資金が集まった。キミがいなければ、第六回目までの魔王討伐遠征と同じように、途中で頓挫していたはずだ。重ねて言おう。本当にありがとう」


「それほどのことではありません。……私の微力な貢献よりも、勇者の尽力こそが魔王討伐を成功に導いたことでしょう」


 馬鹿丁寧な言葉遣いで、俺が言い返すと、


「何を言うんだ。戦闘職でもないのに、命を懸け、前線まで付いてきた気概を君は誇っても良い。むしろ、自慢しても足らないくらいだよ」


 などと、まるで数多の戦場を共にした戦友を称えるかのように、勇者は俺の肩を軽く叩いた。


 そう褒められたのにも関わらず――いいや日陰者な俺に彼が目を向けたからこそ、俺は勇者へ彼女のことについて訊ねていた。


「あの、勇者は、黒のとんがり帽子の魔女を憶えていますか」


「黒のとんがり帽子の………魔女? う~ん、心当たりはないけど。探しているのか?」


「いえ。私はそろそろ人間界へ戻ります」


「あ、引き留めてすまなかった。人間界でまた会おう!」


 そう言って遠ざかっていく勇者の背中を、俺は見送った。




 俺は魔界から戻り、人間界の大地を久しぶりに踏みしめた。


 海岸線が見えた。


 孤島に聳え立つ灯台があった。


 目を潰すほど眩しい快晴の海で、その灯台は意味もなく存在していた。


 こんな気紛れな善意のために彼女は死ねるのか。





6


「世界を救った勇者様に呪いがかけられた!」


「なんてことだ、それは本当のことなのか!?」


「ああ。呪いをかけたのは、勇者様一行にとりいって潜伏していた魔王の側近らしい」


「卑怯な! どうにかして勇者様の呪いを解く方法はないのか?」


「詳しい話じゃ、その魔王の側近である魔女を殺せば良いらしくてな。そうしたら、魔物が俺たちの国に攻めてくることも無くなるらしい。……この話を広めて、皆で勇者様の為に魔女を殺しに行かないか?」


「もちろんだとも! 勇者様のお陰で、この国の平和があるってもんだ。皆、集まってくれよ!」


 そうだ。彼女を犠牲にすれば世界は平和になる。


 噂の吹聴を終えて、俺は怪しさを気取られぬように席を立った。酒飲み場の男達が血気盛んに諸悪の根源を滅ぼさんと、決起の盃を上げているのを横目に裏口から出る。


 そこから忍んで、廃れた教会へ向かった。


 秘密の抜け道から入り、教会の朽ちた廊下を忍び足で歩く。


 集合場所である礼拝堂の扉は蝶番ごと廊下側に倒れており、堂内が見渡せた。


 司祭が説教を行う講壇を背もたれにして座っていた魔女へ、俺は手を振った。


「これで良かったのか?」


「はい」


 彼女は満面の笑みで(こた)えた。


「わたしひとりではウワサをひろめきれませんでした」


 魔女ウェルウィッチアの『最期にひとつ、人間界でお願いしたいこと』は、民衆に彼女を殺すよう駆り立てることだった。


 息をすることさえ困難な喉で、彼女はか細く、弱々しい声を出した。


「ありがとうございました、トウダ、ィさ……ケホッ、ケホッ……」


 彼女は俺の呼び名を言おうとするが、彼女の肺に残っていた空気はすべて咳に変わった。


「おい、大丈夫か?」


 俺は彼女の背中をさすってやった。


「なんでわざわざ民衆を煽り立てて殺される計画なんだ」


「とびらを、ケホッ……ぎしき、にはイケニエがなければ」


 ――人間界と魔界と繋ぐ門を閉じる儀式のための生贄。


 最初から、彼女は人間界と魔界を繋ぐ門を閉じる儀式を行おうとしていた。


 この門の扉を動かすには強大な力が、ぴったりと閉ざすには卑小な力がなければならなかった。


 前者の力は魔王討伐の遠征で得られた五種族の戦利品を、後者の力は最低でもひとりの人間の命を生贄に捧げることで、儀式の条件を満たすことができた。


 彼女が勇者一行の後について、魔物の素材を集めていたのもそのためだった。


 俺が生まれた頃には、既に扉は開け放たれていたが、それは大昔に人間界の国をひとつ犠牲にした結果らしい。犠牲とは、国の全員を殺して死体にしたということだ。


 人間は、魔物と違って処理をしなくても消滅しない。


 それならば、土葬された死体でも何でも使えばいいと訴えたが却下された。死体の鮮度と………彼女が生贄にならなければいけない理由があった。彼女がこのまま衰弱死すると、呪詛のために勇者の命までも道連れにして死んでしまうらしい。


 この呪詛を無効化させるには、他の儀式の生贄にしてしまう方が手っ取り早い。


 それが彼女の結論だった。


「……今更、今更ではあるけれど、勇者は君の献身を捧げる価値のある奴なのか?」


 魔女ウェルウィッチアは何も言わなかった。


 今度は明確な拒絶ではない。


 代わりに、確信めいた微笑みを見せた。


 彼女の微笑みは伝えている。遠征での苦楽を共にし、勇者の活躍を間近で目にしてきた結果、俺と彼女が共有した経験を。人好きのする性格の勇者は分け隔てなく日陰者にも声をかける人物であることを。


 だが、彼女はそれが気紛れなものであることを知らないのだ。


 彼女は永遠に報われない献身を遂げようとしていた。


 そして、この世を後にして、狭き門より入ろうとする彼女を、灯台守は託された光を絶やさぬ為に見送ることしかできない。


「トウダイモリさん。あのことばをわたしにいただけませんか」


 俺が気休めで魔物に捧げていた言葉を憶えていたのだろう。


 ――心安らかな闇に眠らん。


「あれは地獄で会いたくない奴に手向ける言葉だ」


 教会じゃ天国が存在すると(のたま)うが、実際死ねば、罪を償う地獄か、安らかな闇が待っているだろう。


 きっと、俺は地獄に落ちる。臆病のために、より多くの魔物を殺す道を選んだ俺は。


 人々の手を汚させようとする狡賢い彼女も地獄がお似合いじゃないか。


 彼女は俺の言ったことを聞いて、なんだか嬉しそうだった。


「………ふふ。またおあいできるのなら、しぬのもこわくありませんね」




 再び秘密の抜け道を通り、教会の外に出た。


 群衆が突き上げる松明の火が宵の空を照らしあげていた。


「報酬を受け取りに行くか……」


 辿り着いたのは廃墟のような家屋だった。


 彼女に渡されていた地下室の鍵を指でもてあそぶ。


 彼女の説明によれば、階段を降って突き当りの部屋に報酬があるとのことだ。


「魔界への門が閉じたとなると、剥ぎ取り(ハンター)の仕事は廃業か」


 馬鹿馬鹿しい依頼に手を貸したな、と俺は清々しい気持ちで後悔した。


 確かに仕事を続けなければいけない期間は短くなった。


 地下へ続く急な階段を降りると、意外と長く廊下が延びていた。そして向かって正面、突き当りに見える扉以外にも、一枚の扉が廊下左側面にあった。


 その時は特に他の部屋のことなど気にせず、正面突き当りの部屋の鍵穴に鍵を差し入れた。


 カチャリと、鍵の開く音がした。


 彼女に提示した報酬額の条件。それは慈善活動と同等の破格の報酬額だった。


 遠征での報酬金を日割り計算した一日分よりも少ない金額を、俺は彼女に伝えていた。


 どうせ高値を吹っかけても、こうして依頼者死亡で逃げられるだろうから。


 魔女を弔う一夜の酒飲み代になればいい。


 そんな呑気な考えで、俺は扉を開けた。


「おいおい、なんでこれが此処にあるんだ」


 俺の眼に映ったのは、うず高く盛られた魔物の素材だった。


 テーブルに手紙があった。




 拝啓 灯台守さん


 私、字は書けるのですが、教養ばかりはありませんのでお手紙上の無礼はお許しください。


 もう部屋の素材は見ていただけましたか。それらはあなたへの報酬です。


 底値のような素材しかないと思われたでしょう。ですが、人間界と魔界を繋ぐ門が閉ざされたことで一切の供給が途絶えるため、二、三ヶ月もすれば目の飛び出るような値に跳ね上がることでしょう。充分な額になるはずです。


 そういえば、あなたは魔王討伐が達成された時点で魔物の数が徐々に減るとおっしゃっていましたね。


 その言葉通りなら、人間が魔物を絶滅に追い込むと、素材の供給が先細りするだけだと予想されている。


 きっと、人間界と魔界を繋ぐ門を閉ざして魔物の素材が得られなくなる場合と、変わりがないと考えられているでしょう。しかし、それは誤りなのです。


 魔物が死したあと、消滅するのはご存知ですよね。人間のようにいつか土に還るのではなく、空気に溶ける。その消滅したあとの魔物だったモノがどうなるか、私は知っています。


 死んだ魔物は新たに生まれる魔物の力になるのです。


 人間界の魔物を滅ぼし尽くして魔王が生まれた経緯と同様に、魔界の魔物を滅ぼし尽くそうとしている今、すぐに魔王よりも凶悪な魔物が生まれるでしょう。


 その存在には、命がいくつあっても勇者様は勝てません。


 私が寿命で死ぬことで、勇者様が不死身ではなくなることもありました。


 人間界と魔界を繋ぐ門を閉じて、凶悪な魔物を隔離する。もう、それ以外の方法で、勇者様のために私ができることはありませんでした。


 灯台守さん。あなたには感謝しています。あなたのお陰で、勇者様はこれから栄光に満ちた余生を送ることができます。




 少しずつ。少しずつ。文字の形が崩れていた。限界を迎えつつある、彼女の衰えた身体の為に……そんな時でも、魔女ウェルウィッチアが気に掛けるのは勇者だった。


 勇者が憎らしかった。人知れず、初めは俺すら知らなかった彼女の献身を、勇者は気紛れな善意で奪い去った。


「……俺は君に言ってやるべきだった。臆病で地獄に堕ちる俺と、誰かの為に地獄に堕ちようとする君では話が違う。君に、せめてでも言ってやるべきだった!」


 今からでもそう遅くはない。そう思った時―――。


 クシャリと、薄い紙きれか何かを踏んだ音がした。


 足を退けて拾ってみると、それは本当に紙で、字が書かれていた。


 踏み躙られて薄汚れた低質な紙と、その上のよれた字は彼女の人生のようだった。




「さいごに おねがい があり ます


 となり のへ やに ある もの、


 ゆう しゃを たすけ る ために


 つか   って ―――――――」




 俺は地下室を飛び出して、廊下の途中にあった部屋へ駆け込んだ。


 鍵はかかっていなかった。あまりにも不用心だった。


 扉を開け放った俺は自分の目を疑った。


 その廊下の途中にあった地下室にも、うず高く魔物の素材が………。


「くそっ……俺の報酬より良いやつばっかじゃねーかよ」


 男の嫉妬は見苦しい。だが、物に当たらなければ気がすまなかった。


 俺は骸骨兵士だったしゃれこうべを蹴飛ばして、はたと気付く。


 “揃っている”。


 おれはへやをみまわして『水晶に映った顔が嗤っている』ことにきがついた。


「俺は依頼には忠実だけどな、お願いだって言うなら自己流でやらせてもらうよ。なあ、ウェルウィッチア………」


 この部屋にある五種族の素材を使い、人間界と魔界を繋ぐ門を再び開くことで、勇者に活躍の機会を与えよう。


 君の願いどおりに、勇者を助けてやるよ。


「心安らかな闇に眠らん、ウェルウィッチア」


 闇の中でなら、魔女の隣に勇者がいたって問題ないだろう?


「ああ、お前にも捧げないとな。心安らかな闇に眠らん――」


 勇者が生き返る術はもう無い。










α


 人間界への荷馬車が立ち去った後、勇者は拠点中の仲間にお礼を伝えながら、勇敢で有能な後方支援職の彼が発した問いを思い返していた。


「う~ん、黒いとんがり帽子の女の子なら知っているんだけどなあ……」


 そこで勇者は、その同伴志願者だった女の子にもお礼を言わなければいけないことに気が付いた。そして拠点中を探したが、ついぞ見つからなかった。


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