左薬指の銀白
砂のざらつき。暗い空気。硬い音が迫ってきて、足元が沈んで。石がガラガラと落ちてきた。
「危ないっ!」
夢の中なのに、僕は大声で叫んでいた。
僕は瑠璃という名前の黒髪の女性になっていて、エメラルド鉱山の坑道で石を探していた。落盤事故にあったのに、そのあとも首飾りの石を諦めていなかった。
いいなぁ。僕も瑠璃さんのように、ジュエリーデザインをしてみたい。
それにしても、リアルだった。
目が覚めるまで、瑠璃さんになったと思い込んでいた。
骨折しても挫けず、夢に向かって邁進する女性。カッコよくて、理想的な生き方だと強く思う。僕もあんなふうに強く生きれたらいいのに。
翻って自分の身は、と考えると、がっかりしてしまう。
舞踏会で衝動的にプロポーズ。撃沈して、逃げ帰って、ふて寝する。
客観的に見るまでもなく、ダメ人間。
まぁ、仕方ないか。それが僕という自分だもの。
ネガティブ思考を切り替えようと、いいとこ探しを試みる。
幸い僕の母はフライブルク伯爵のお妾さん。庶子の僕は、ドルチェ嬢と異母兄アパッショナートの結婚式には出席しなくてもいい。不幸中の幸いだけど、これもポジティブには違いない。
のそのそとベッドを抜け出し、窓を開けた。
秋の朝。冷たい空気が気持ちいい。
「うーん」と背伸びをした瞬間、
左手に違和感が走った。
薬指の付け根から手首にかけて、銀白の線。
幾筋もの銀白が手の甲に道を描き、中央の太い光だけがまっすぐ手首へ貫いている。
「なに、これ?」
絵の具? 汚れ? それとも昨日、どこかの壁にぶつかった?
ごしごしと擦っても消えない。爪でガリガリしても、薄くならない。
(汚れじゃないね)
次に浮かんだのは、もっと嫌な考えだった。
(なら、呪い?)
笑えない。庶子の僕は、立場が弱いのだ。呪い持ちだなんて知られたら、闇に葬られかねない。
ただ、薬指の銀白だけは、どこかで習った気がする。
(魔力紋……?)
第三次性徴。魔法が使える年頃になると、身体に現れる印。
男の紋様は右手の指に出る。最初はまるで、指輪みたいに。
実際、僕の右中指には、黄土色の紋様がある。でも……
(なんで、左手……?)
女の紋様は鎖骨ライン。左手の魔力紋なんて聞いたことがない。
やっぱり呪い? うーん、考えがまとまらない。
その時だった。
〈これ、光のルートだ。綺麗すぎる〉
脳内に響くはずのない女の声。
周りを見渡しても、部屋には僕一人。
お、おばけ? 背中がぞくりとした直後にもう一度、聞こえた。
〈ちょっと! 顔を動かさないで。もっと紋様を見せてよ〉
この声は、瑠璃さん……だよね?
どうして、夢で見た瑠璃さんが僕に語りかけてくるの?
実は僕、まだ布団の中にいて、夢を見ている?
混乱しつつも、言われるままに左手を凝視している自分がいた。
薬指の付け根で絡む幾筋もの銀白。中央の太い光だけが手首へ一直線に伸びていく。
〈光の通り道……これだ。夢の中でまで閃くとか、やるじゃん私。コンペ、勝てる〉
脳内の声に質問するのは我ながら変だな、と思いつつも、ついつい質問していた。
「コンペって、夢の中で設計していたエメラルドの首飾り?」
返ってきたのは瑠璃さんの声ではなく、「コン、コン」と扉を叩く音。
「ジャスパー様、朝食をお持ちいたしました」
扉の向こうから届く侍女の声に、僕の心臓がドキッと跳ね上がった。
その瞬間、頭の奥で焦ったような声が重なる。
〈待って、もっと――〉
その先が、途切れた。
「は、はい! 入室を許可します」
驚きのあまり声が裏返った。
「失礼いたします」
扉が開き、侍女が一礼して部屋に入ってきた。
僕はあわてて、左手を背中に隠したけど、怪しまれてしまったみたい。
「お加減でも悪いのですか?」
「だ、大丈夫! 夢見が悪かっただけだから!」
「夢見、ですか?」
言い訳が雑すぎた。僕は内心で頭を抱えた。
いつもは押しが弱いくせに、変なところで勢いだけでしゃべってしまう。
侍女は何か言いたげだったけど、「大丈夫でしたら良いのです」と。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
「ふぅ、助かったぁ」
僕はようやく息をつけた。
左手をみると銀白の線が、変わらずそこにある。
朝の光を受けて、やけに綺麗に見えるのが腹立たしい。
(これが右手なら、魔力紋だと言えばよかった)
でも、左手だと不自然。
呪いじゃないと分かるまでは、隠しておこう。
僕は机の引き出しから白い手袋を取り出した。
貴族なら手袋をしていても、変に見られないはず。
朝食の湯気が、目の前でゆらゆら揺れる。
それにしても、なんだか、朝から疲れたよ。
今はもう、瑠璃さんの声は聞こえない。
いったい、何だったのかな?
もしかして、寝ぼけてて、半分夢を見てたのかもしれない。
そう思い込みたいのに、手袋の下で左の薬指がじわりと熱くなって、僕の神経を逆なでする。
あーもうっ。
あれもこれも、この場所が悪いんだいっ!
八つ当たりだとわかっているのに、止められない。
母は魔力紋が出ず、貴族籍を失った。そんな母と村で育った僕にとって、貴族のお城は息が詰まる。
それも明日までだ。今日は部屋で大人しく過ごそう。
明日は顕紋の儀。
司祭様が魔力紋と魔力量を測り、通れば僕は貴族籍に登録される。
登録さえされてしまえば……。たとえ呪われていたとしても、何とかなる。きっと。
神様、お願いします。顕紋の儀が無事に終わりますように。
***
次話:「味方ですわよね」
〈赤外線じゃない?〉
わからないはずの言葉が、なぜか分かってしまった。




