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ボクネコ〜奇跡の十日間〜  作者: Mr.ランジェリー


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第9話 ウソネコ

ーーあの時、嘘をつかなければよかった。

ネコと暮らして九日目。


今日は、朝から何事もなく、家に帰ってきた。

いつも通り、玄関からすぐ脱衣所へ入り、いつものようにネコはフードを飛び出し、部屋へ行った。

瑞生はシャワーを浴びながら呟いた。


「今日はいつもの金色のやつ、なかったな。」


曇った鏡を手で拭い、自分を見つめた。


「もう、終わったのか?」


吐いた言葉とともに、自分の顔が白くぼやけていった。

風呂から上がるとネコがいなくなっているんじゃないか?と不安を胸に積もらせ、急いで洗って部屋へ入った。

すると、今までに見た中で、

2番目に可愛い顔でネコがトイレに座っていた。


「よかった…。 っていうか、ちゃんとトイレ出来 

 てるじゃないか。……。お前は成長してるんだな…。」


ニヤけた瑞生は、そのままソファーへ腰をおろした。

「ベチャッ。」

まるで水溜りに座ったかのような冷たい感触が、

僕の下半身を襲った。


「ヒャッ!!!」


声が裏返った。

即座に立ち上がり、ソファーを見ると、

綺麗な丸い染みが出来ていた。


「お前。騙したな?」


ネコはいつも通りの悪い笑みを浮かべ、こちらを見ていた。


「……。この嘘つきネコめ。」


腹が立ってタオルを投げようとしたとき、

ネコの目が一瞬だけ光った気がした。


「何だよ。僕だって怒るときは怒るからな。」


瑞生が立ち上がった瞬間、ベランダの外から大きな声が窓を突き抜けてきた。


「うそつき!」


瑞生はとっさにしゃがみ込み、カーテンの隙間から覗くと、丁度瑞生の目線に、瑞生と同じくらいの年頃の男女が立っていた。

夜に差し掛かる空気は少し湿っていて、

2階の住人の足音が聞こえる。

その時、さっきまでそこに居たはずのネコがガラス越しにいた。

しかも、目の前でお尻を見せ、悪い顔をしてコチラを見ていた。


「えっ?!いつのまに!」


ネコはそのままベランダの格子の間をすり抜け、

カップルの方へ向かった。

瑞生は思わずベランダの扉を開け、叫んだ。


「バカッ!戻ってこい!」


ネコもカップルもコチラに振り向かず、ネコはカップルの足元に擦り寄った。


空っ風が吹き、

視界が金色に染まり、ビジョンが見えた。


ーー数分前。

彼女は腕を組み、俯いたまま言った。


「……もう、無理。」


彼は黙っていた。

沈黙が、ゆっくりと二人の間に広がる。


「急にどうしたの?」


彼女は、少し震えた声で続けた。


「いつもそう。

 本当のこと、言わないじゃん。」


彼は視線を落としたまま、小さく息を吐いた。


「別に……。」


「またそれ。」


彼女は少し笑った。

でも、その笑いはすぐに崩れた。


「優しいのは分かってる。

 でもさ……。 

 私といて、本当に楽しい?」


街灯の光が、二人の影を長く伸ばしていた。


「あなたの優しさ、

 ……辛いんだよ。」


彼女は続けた。


「ご飯だって、

 私が食べたいって言ったものばっかり。」


「……。」


「別れよ……。」


彼の眉が少し動いた。

でも、彼は黙っていた。

沈黙のあと、女の子が言った。


「うそつき!」


ビジョンが揺れて、ゆっくりと消えた。


「僕にもあったよ……全く同じ状況。」


胸の奥が、じんわり濡れる。


空気が、一瞬止まった気がした。

瑞生の指先が、カーテンを強く握る。


ネコは向かいの家の駐車場で砂かきをしていた。


「バカッ!そこは駄目だろ!」


ネコはバカにした顔でカップルの方へ向かい、

再度足元に擦り寄った。


さっきの金色が一段と濃く光り、瑞生を包んでいった。


ーーその後。

彼は、ゆっくり顔を上げた。


「分かった。」


その言葉は、あまりにも静かだった。

彼女の肩が小さく揺れる。


「……ほら。

 またそれ。」


ポケットから鍵を取り出し、彼に渡す。


「荷物、ピンクの箱にまとめてるから。

 あとで送って。」


彼は、鍵を握ったまま立っていた。

そして、静かに口を開いた。


「……嘘。」


彼女が顔を上げる。

彼は真っ直ぐ彼女を見ていた。


「分かったって、嘘。」


震える足を手で必死で押さえていた。

言葉が夜風に乗って吹き抜けた。


「別れたくない。」


2人の周りの空気が少し揺れた。

彼女は、目を見開いた。

彼はそのまま続けた。


「ずっと合わせてたのは、

 ……嫌われたくなかったから。」


苦笑いを浮かべる。


「でも今、言わなかったら、

 本当に終わる気がして。」


彼女の目が、ゆっくり潤んでいく。


「……本音?」


「うん。」


「じゃあ聞くよ。」


少し間があった。

その間は2人の鼓動を際立たせた。


「どうして、合わせてたの?」


彼は少し考えてから言った。


「ずっと笑ってて欲しいから…。

 お前の笑った顔が、一番好きなんだ。」


彼女は、俯き、

そして、小さく笑った。

光の粒が地面で弾けた。


「……バカ。」


涙を拭いながら、続けた。


「そんなの、最初から言いなよ。」


彼も笑った。

夜風が、二人を結ぶように通り抜けた。


「帰る?」


「うん。」


二人は並んで歩き出した。


街灯も2人を影で結んだ。


ーー瑞生の場合。


「分かった。」


「……ほら。

 またそれ。」


ポケットから鍵を取り出し、瑞生に渡す。


「荷物、ピンクの箱にまとめてるから。

 あとで送って。」


瑞生は、鍵を握ったまま立っていた。

そして、静かに口を開いた。


「ねこは、そのほうがいいんだよね?」


「バカッ。」


ねこはゆっくり振り向き、歩いて行った。


「ヴニャーーーーーアアア!!!」


空っ風がビジョンを掻き消した。


ネコが向かいの家の犬に追いかけられていた。


「だから言っただろ。そこは駄目だって。」


ネコはフードに入ってこず、そのまま走り去って行った。


「待てって!」


瑞生はベランダのサンダルを履いて、そのまま柵を乗り越えネコを追いかけた。

夜の空気が、急に冷たく感じた。

大通りに出るとネコの姿が見えた。

ネコは、ガードレールの上に飛び乗った。

暗いせいか、ネコの色がさっきと違う気がした。


「ネコ?」


振り向くと、いつもの悪い顔。


「……バカ。」


瑞生が近づいた瞬間だった。

ネコの足が、少し滑る。

体が、ぐらりと揺れ、車道の方へ。


「ネコ!」


一瞬、頭の中が真っ白になった。

いつもなら

「どっちでもいいや」

って思うはずなのに——

その時は、何も考えなかった。

車のライト。

エンジン音。

ネコの体を掴む。

ブレーキ音が繁華街に沈黙をもたらした。


キィィィィィッ——


回る視界。

身体の衝撃。

ネコの鳴き声。


「ニャァァァァ!!」


そして、

どこか遠くで、

サイレンの音が鳴り始めた。

赤い光が、夜の道路をゆっくり染めていく。

瑞生は歩けなかった。


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