表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクネコ〜奇跡の十日間〜  作者: Mr.ランジェリー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

第7話 ツナネコ


ーーあの時、繋いでおけばよかった。


ネコと暮らして七日目。


初めての休日だった。

朝、目を開けると、

昨日用意していたパーカーのフードの中に、

いつものようにネコがいる。

寝顔は、何とも言えないブサイクさで、

肉球をそっと触ると、寝ぼけながら何かを呟く。

こんなに穏やかな朝は、いつぶりだろう。

そう思った瞬間、

ネコが目を開け、いつもの憎たらしい顔に戻った。

「……現実か。」

そういえば、

初めて会った時より、毛色が少し濃くなっている気がする。

その時だった。

繋いでいたはずの手の感触に、

チクリとした痛みが走った。

ネコの爪が、やけに当たる気がした。

――まただ、この感触。


思い出した記憶を整えるように、

瑞生は身支度を済ませ、家を出た。

駅前で、同級生とすれ違い、目が合った。

でも、どちらも声をかけなかった。

ポケットの中のスマホを取り出し、指でなぞる。


トーク画面には、その同級生の名前。

《元気か?》

瑞生の返信は、たった一言。

《うん。》


そこから、もう一年が経っていた。

繋がっているはずなのに、

何も動かない関係。

目の前に、高校生の男女四人組がいた。

二組のカップル。

楽しそうなのに、どこか噛み合っていない空気が漂っていた。


その瞬間、

ネコがフードから飛び出した。

女子生徒の足元に、擦り寄る。

そして、上を見上げ、

こちらに向かって、悪い笑顔。

「バカッ!何見てんだよ。」

空っ風が吹き、

視界が金色に染まり、ビジョンが見えた。


ーー数時間前。

カラオケボックス。

付き合って1年が経とうとしていた。

彼女がマイクを持ち、差し出した。

「この曲、歌ってほしいな。」

彼は画面を見つめたまま、少し黙る。

「……それは、ちょっと。」

「なんで?」

「歌詞がさ……重いよね。」

“ずっと一緒にいよう”

その言葉が、まだ怖かった。


指は無意識に違う曲を選んでいた。

アップテンポで、愛や恋など語らない歌を。

彼女は笑ったまま、

少しだけ目を伏せた。

手は繋いでいたけど、どこか遠かった。


ビジョンが揺れて、消えた。


「僕にもあったよ……全く同じ状況。」


胸の奥が、じんわり濡れる。


ネコは女子高生の足に手をかけ、思いっきり上を見上げていた。


「バカ! スミマセン。うちのネコが。」


女子高生は気づいていないのか、嘘の笑みを浮かべ友人と話していた。


瑞生がネコを抱き上げようと、近づいた時、

ネコは瑞生の方へ向かい、瑞生の手を引っ掻いた。

「っつ!」


ネコはまたカップルの方へ行き、擦り寄った。

さっきよりも強い金色が視界を包んだ。


ーー帰り道。


友達のカップルと別れ、二人っきりになった。

しばらく歩いて、彼女が気まずそうに言った。


「さっきは無茶振りしてごめんね。

 怒った?」


彼女はそっと、彼の手を繋いだ。


彼は優しく握り返し、

鼻歌で、さっき歌えなかったラブソングを口ずさんだ。


繋いだ手の温もりが微妙に変わったとき、

彼は視線の角度を上げ、優しい口調で言った。


「……。 実は、自信がなくてさ。

 次までにちゃんと練習するよ。

 あの歌は大切に歌いたいんだ。」


彼女の顔に満面の笑みが咲いていく。

繋いだ手で会話をするように、指で軽く叩きあった。


「ごめんな。」


「喋っちゃ駄目だよ。手で言ってよ。」


言葉は寒さで白く映され、空に消えていくなか、

繋いだ手で会話を刻んでいった。




ビジョンが、もう一度重なる。


瑞生と、ねこが映し出される。


帰り道。

ねこは瑞生に擦り寄り、手を繋ぎ、甘えるように言った。

「さっきは無茶振りしてごめんね。

 怒った?」


「えっ? 怒ってないよ…」

言葉が途切れた。

瑞生の頭の中に友達が彼女に向けて歌っている姿がよぎった。

瑞生の目に映る友達が、

どこか軽く見えていた。

もしあの時、僕も歌っていたら、

ねこの目にはどう映っていたんだろう。

そんな事ばかり考えているうちに、

瑞生の手に、少しだけ力が入った。

その瞬間、

ねこの爪がやけに当たる気がした。

まるで猫が爪を立てたように。

瑞生は何も言えなかった。


「あの時、ちゃんと言葉で繋いでおけばよかっ…」


「ニャ〜ニャニャニャ〜♪ ニャッ゙! ゴボッ!」


空っ風がビジョンを掻き消し、現実に戻った。


目の前でネコが、毛玉を吐いていた。


「おい!大丈夫か?調子に乗って歌うからだろ。」


日が落ちたせいか、猫の目は鋭く光っていた。


まるで、

“お前も吐けよ”

と言っているように見えた。


その目を見た瑞生の足は、何故か実家へ向かった。

玄関の灯りはまだ点いていない。

そっと玄関を抜け、自分の部屋へ入った。

フードからネコが飛び出し、押し入れの中に入って行った。

瑞生は押し入れの扉を開け、中を覗いた。

ネコはピンクの箱の上で毛づくろいをしていた。


「その箱。」


ねこの荷物だった。

まだ、返えせていなかったもの。

押し入れに身体を入れ、箱を抱えた瞬間、

手のひらに、微かな温もりが残った気がした。

繋いでいたはずの手。

繋がっていなかった心。

スマホに登録されているだけの名前。

それでも、

まだ切れていない何かが、

そこにあった気がした。

ネコは偉そうに、僕の頭の上を歩き、フードの中へ入って行った。


「お前って不思議だよな。」


忘れていた大切な気持ちが、フードの中から伝わってきた。


瑞生は、箱を抱えゆっくりと前へ歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ