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ボクネコ〜奇跡の十日間〜  作者: Mr.ランジェリー


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第6話 ワラネコ

ーーあの時、素直に笑っていればよかった。


ネコと暮らして六日目。

仕事はいつも通り終わり、

週末なのに何の予定もなかった。

改札を抜けた瞬間、フードの中から

「グゥゥ……ギュル……」

低く、はっきりした音が聞こえた。

「……あ。」

足がピタッと止まった。

昨日、キャットフードを切らしたのを思い出した。

「悪い。完全に忘れてた。」

  フードの中で、ネコが不機嫌そうに身じろぎする。

小さく喉を鳴らしているが、慰めというより抗議だった。

「思い出させてくれたのか?」

問いかけると、返事の代わりに、

背中でいつもの音がした。

「ブォッフ」

「……っ!臭っ!

 はいはい。行きますよ。」

足は自然と、繁華街のほうへ向いていた。

フードを被らずに、この時間、この場所を歩くのは久しぶりだ。

四方八方からのネオンの光。

あちこちで飛び交う笑い声。

店先から流れる色んなBGM。

世界はこんなに、明るかったんだ。

「……やっぱり、一人だと、寂しいな」

独り言が、ネオンに溶けたとき、

フードの中が、グイッと動く。

「ごめんって。冗談だよ。」

背中に伝わる温もりに、

自分がちゃんと誰かと一緒にいることを思い出す。

ペットショップの明かりが、目に入った。

ガラス越しに、ショーケース。

その前に、高校生くらいのカップルが立っていた。

二人とも無言で猫の仕草をじっと見つめていた。

ガラス越しに見える2人の姿は、

近いのに、離れている感覚。

なにか懐かしいな。

そんな事を思いながら瑞生は、二人の横をすり抜け、キャットフード売り場へ向かった。

棚の前で立ち止まり、

一番安い袋に手を伸ばした、その時。

――ズンッ。

フードが、異様に重くなった。

「……?」

思わずスマホを取り出し、

インカメラでフードの中を覗いてみた。

ネコは、

今まで見たことがないくらい、真っ直ぐ、睨んでいた。

(……しょうがない。僕の朝のパン、半分にするか)

心の中で呟いた瞬間、

フードの重みが、フワッと軽くなった。

「……分かるのかよ」

ため息をついて、

少し高いキャットフードに手を伸ばす。

次の瞬間。

――軽い?

嫌な予感がして、振り返る。

ネコは、いなかった。

視線を巡らせると、

さっきのカップルの足元で悪い笑みを浮かべ、こちらを見ていた。

「……バカ!何してるんだよ。」

駆け寄ろうとした、その瞬間。

ネコは、

二人の足に、スッと擦り寄った。

「え……?」

その声を掻き消す空っ風が店内を吹き抜け、また金色の何かが僕を包み、ビジョンが見えた。


ーー数時間前の2人


付き合って、一ヶ月。

彼は、ずっと考えていた。

生まれて初めて出来た彼女との1ヶ月記念。

何処へ行って、

何をするか。

この一ヶ月、何気ない会話から聞き出してきたはずなのに、実際当日になると頭が真っ白になっていた。

気がつけば、時間だけが経っていくだけで、学校を出てからただ、歩いているだけだった。

ポケットの中のメモは、見るタイミングもなく、握り潰されていた。


彼女も、全く同じ考えで、無言で歩いているだけだった。


お互いに言い出せなかった。

「楽しませなきゃ」

「つまらないと思われたくない」

その気持ちだけが先に立ち、

笑う余裕を、失っていた。


会話を見つけるために入ったペットショップ。

沈黙は続くだけで、ガラス越しの猫は呆れたように、2人から視線をそらし、自分の手を舐めていた。


「僕にもあったよ…… 全く同じ状況…。」


胸の奥が、じんわり濡れた。


ビジョンが解け、目の前には会話のないカップル。ネコはショーケースのメス猫に愛想を振りまいていた。

(お前は、何してんだよ。)

僕が見ていることに気づいたのか、ネコは舌打ちしながら、太々しい顔で2人の足に擦り寄った。

(何でお前が怒ってるんだよ。)


また空っ風が店内に吹き抜け、金色が強くなって、ビジョンが見えた。


ーー続き

その猫の仕草を見た彼女は、ふと思いつくように言葉を漏らした。

「ねえ、アイス食べに行かない?」


「……?! いいね。」


さっきまでの距離が嘘みたいに、彼女は彼の手を引き、アイスクリームショップへと入った。


「3色のアイス、シェアしようよ。

 味は何がいい?」


「任せるよ。」


「じゃあ、チョコとバニラと小豆、下さい。」


「…!小豆って……渋いセンスしてるね」


彼が、微笑みながら呟いた。


彼女は、一瞬、目を見開き、こぼれるような笑顔を向けた。


「やっと、笑ってくれた。」


「ねぇ、もう一度ペットショップいこ。」


二人の距離が、少しだけ、近づいたように見えた。



瑞生の記憶


木寺原 寧々きじはら ねねこ。通称ねこ。

高校に入学して、たまたま隣の席で、

毎日僕に話しかけてくれて、フードを脱ぐようになったきっかけを与えてくれた人。

「……喋ったら面白いのに、

 もったいないよ。

 休み時間、喋らない?」

この言葉がきっかけで、僕たちは付き合うようになった。



そして、付き合って一ヶ月。

僕も彼と同じように、考えていた。

いつも僕を楽しませてくれているねこに、

記念日くらいは僕が楽しませなきゃ。

男なんだから…


結局、僕たちも無言のままペットショップで猫を見ていた。

ねこが出した、最後のプラン。


「3色のアイス、シェアしようよ。

 味は何がいい?」


「何でもいいよ。」


「じゃあ、チョコとバニラと小豆、下さい。」


「……」


僕は、笑えなかった。

笑ったら、

バカにしているみたいで。

失礼な気がして。

でも、ねこは、笑っていた。

その笑顔は、少しずつ消え、ねこの目には笑っていない僕が映っていた。

隣りにいるのに遠く。


「……あの時、余計な事は考えなくてよかったんだ」


言葉が、喉からあふれてきた。


「ちゃんと、楽しんで笑えばよかっ…」


「ヴニャァァァァーーーーー!!!!!」


空っ風が、すべてを掻き消す。

現実に戻ると、

ネコが、瑞生に向かって跳んできていた。

思わず顔を覆う。

次の瞬間、

ネコはフードの中に滑り込み、

小さく、震えていた。

まるで泣いているみたいに。

(あの猫にフラレたのか?)


キャットフードを手に繁華街を歩き、

「考えすぎるより、素直になれか。」

足を止めた瑞生はペットショップに引き返した。

「デザートも買ってやるよ。」

フードから

「ニャ♥」

と甘える声がした。


携帯のカメラでフードの中の様子を撮影すると、今までの憎たらしい顔を忘れさせるくらい、可愛い顔をしていた。


「素直だな。」


思わず笑みがこぼれた僕の足はまた違う一歩を踏み出した。


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