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ボクネコ〜奇跡の十日間〜  作者: Mr.ランジェリー


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第4話 キキネコ

ーーあの時、聞けばよかった


ネコと暮らして四日目。

会社帰り、いつもの道を外れたのは、ほんの気まぐれだった。

気づけば、足は母校の前で止まっていた。

校舎の時計は、止まったままだった。

こんな時間なのに、針は昔のまま、動いていない気がした。

校門の向こうに、見える体育館の光が、

大きな木を照らしていた。

その瞬間だった。

フードの中が、ざわつきはじめた。

衝撃が背中を襲った。

「っ。おい——」

目の前にはネコのお尻。

白いパーカーをすり抜け、一直線に校門の隙間へ滑り込む。

「……っ!待てって……!」

脳裏にお尻を残し、忍び込むように後を追う。

体育館の扉は、少しだけ開いていた。

中では、ボールの音とシューズが床に擦れる音が響いていた。

ダム、ダム、ダム。

キュッ、キュッ。

一人の中学生が、コートを走っている。

ドリブル、レイアップ、ジャンプシュート。

無駄がない。

——上手い。

でも、その場に声はない。

誰の名前も呼ばれない中で、

パスの軌道も、想定されていない。

足を止めた少年は肩で息をしていた。

そこに、ネコが

少年の足元へ、すっと近づき、

いつものように、摺り寄った。


空っ風が体育館を吹き抜ける中、ネコは軽い身のこなしで壁伝いに跳び上がり、

バスケットゴールの縁へ移動した。


(すごっ!)


こちらを見ずに、背を向け腰を浮かせる。

「……プスーッ。」

小さく、でもやけに響く音。

「……っ。」

いつもの異臭と風の強さに目を閉じた。

視界が、金色に染まる。


——数時間前の少年。

放課後のミーティング。

顧問の声が、冷え切った教室に淡々と響く。

「お前は上手い。

 でも、チームとしては——正直、やりづらい」

周りの視線が一気に少年を刺しに行く。

誰も否定も、フォローしない。

無数の視線と長い沈黙が、少年を責め立てた。

「……もう、辞めたい……。」

少年は、そう呟いた。


その時、誰かの声が、遠くで聞こえた気がした。

「結局、パス出さないからだろ?」

「もっと周り見ろよ」

「それって自分の問題じゃん。」

でもそれは、

責めじゃなく、

“繋がろうとする声”だったということに気づかなかった。

少年は、今まで声を聞かなかった。

だから判断ができなかった。

小学生の頃もそうだった。

でも、その頃は誰も彼を責めず、

彼もその環境で育ってしまった。

中学生になると、そうもいかない。

黙った少年をあとに、皆は片付けてその場を去っていった。

体育館にボールの音が残った。


「僕にもあったよ……同じ状況」


胸の奥が、じんわり濡れた。


ビジョンが消え、目の前にうつむく少年と、

悪い笑みしたネコがいた…


ネコはもう一度、少年の足に擦り寄り、再度、

壁伝いにバスケットゴールに登り、ドヤ顔で僕を見つめた。

(わかったよ…。凄いな、お前は…)

強い金色のビジョンがドヤ顔を薄くしていった。


ーー翌日。

体育館。

少年は、顧問の前に立っている。


「……もう一回、話を聞かせてください」

震える声が壁から跳ね返ってくる。

誰もその声を受け取らず、しばらく沈黙が流れた。

震える手を握り潰す。

その時、顧問は静かに、口を開いた。

「その言葉、待ってたぞ。

 お前たち、ちゃんと言ってやれ。

 悪口は駄目だぞ!」

チームメイトは戸惑いながらも、言葉を出す。

「あの時さ、パスくれていたら負けてなかったのに。」

「なんか、俺たちいらないのかなって思ってた。」

「俺にもドリブル教えてくれよ。」

少年は、黙って聞いた。

否定せず。

言い返さず。

ただ、聞いた。

静かに言った。

「ありがとう…

 ごめん…なさい。」

輪の中に少年が溶けていった。


違うビジョンが重なりだした。

瑞生の中学時代。

顧問の言葉。

「個人競技じゃないんだ。もっと周りを見て、

 周りの声を聞くんだ。」

チームメイトの冷めた視線。

「上手いけど、邪魔なんだよね。」

「スラムダンク読めよ!」

「ネズミ男がバスケなんて無理なんだよ。」

(わかってるよ。でも、お前たちがその場所にいないんだよ。)

その言葉をこころに閉ざし、

その日を境に、瑞生は体育館に行かなくなった。

話を、聞かなかった。

聞く前に、閉じた。

その日から、バスケを見るのも、触れるのも、

全部閉じた。



心に大きな穴が空いた気がした。

「普段の声にもっと耳を傾けるべきだったんだ。

 嫌な声にしか耳を傾けなかった。

 今も、何の成長もしていない気…」


「ニャッ、ニャ~ァァァァァ!!!!!」


空っ風がビジョンを掻き消し、声の先に目をやると、

バスケットゴールの網にネコが引っ掛かっていた。


毛並みが、また少し濃くなった気が…


「……聞けばよかったんだな」


ネコは答えない。

初めての経験で焦ってもがいている。

揺れるゴールに向かって瑞生が、

「ネコ!助けて欲しいか?」


聞けた…

今までの僕なら、こんな事すら聞けなかった。


「……次は、ちゃんと聞くよ」


誰に向けたものか分からないまま、

夜の光が夕焼けとその言葉をつつんでいった。

フードの中の温もりが、

静かに背中を押していた。

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