「野菜くずで料理するな」と婚約破棄されましたが、私が作っていたのは『究極のスタミナ食』でした。 〜食糧難の辺境伯領で捨てていた食材を使ったら、騎士団と旦那様に崇拝されました〜
「シャルロット! 貴様との婚約を、今ここで破棄する!」
子爵家のダイニングルーム。夕食の席で、婚約者のジュリアン様がナプキンを投げつけながら叫んだ。
テーブルには、私が作った夕食――野菜の皮きんぴら、魚のアラ汁、そして少し硬くなったパンをリメイクしたプディングが並んでいる。
「理由は分かっているな? 貴様のその『貧乏くさい料理』には、もう我慢ならんのだ!」
ジュリアン様は皿を指差し、顔をしかめる。
「野菜の皮? 魚の骨? こんなものは家畜の餌だ! 貴族の食卓に出すべきものではない! 私はもっと、白いパンと柔らかい肉、そして彩り豊かな料理が食べたいのだ!」
私は静かにカトラリーを置いた。
「ジュリアン様。我が家の財政状況をご存知ですか? お義父様の事業失敗により、食費を切り詰めなければ立ち行かない状態です。それに、野菜の皮や骨周りにこそ、栄養と旨味が詰まっているのですよ?」
「うるさい! 言い訳は聞き飽きた! 貧乏神め!」
ジュリアン様が隣に侍らせていたのは、派手なドレスを着た商人の娘、ミランダさんだった。彼女はふくよかな体型を揺らし、蔑むような目で私を見ている。
「まあ、シャルロット様ったら。ジュリアン様のような将来有望な殿方に、残飯を食べさせるなんて。……私の実家なら、毎日フォアグラと最高級ステーキをお出しできますわよ?」
「そうだ! ミランダこそが、私の妻にふさわしい! シャルロット、貴様のような『くず野菜女』は、北の果てにある『飢餓の辺境伯』のもとへ嫁ぐがいい!」
飢餓の辺境伯。北方の国境を守るヴィクトル・オルガ辺境伯のことだ。
彼の領地は極寒の地で、作物が育たず、常に食糧難に苦しんでいると聞く。
「あそこなら、お前の好きな雑草やゴミもご馳走だろうさ! せいぜい飢えて死ぬがいい!」
高笑いする二人を見て、私は……不思議とスッキリした気分になった。
毎日毎日、限られた予算の中で、いかに栄養価が高く、美味しいものを作るか。頭を悩ませてきた日々。それを「家畜の餌」と踏みにじられたのだ。
もう、この人の健康管理をしてあげる必要はない。
「……分かりました。謹んでお受けいたします」
私は立ち上がり、カーテシーをした。
「ですがジュリアン様。忠告しておきますわ。偏食と暴飲暴食は、身を滅ぼしますよ。……お体にお気をつけて」
「はん! 負け惜しみか! 出て行け!」
こうして私は、着の身着のままで子爵邸を追い出され、北へと送られることになった。
◇
北への旅路は、噂通りの過酷さだった。窓の外は一面の雪景色。寒さが骨身に沁みる。
数週間かけてたどり着いたオルガ辺境伯領の城は、黒い石造りの堅牢な要塞だったが、どこか寂れて寒々しい雰囲気が漂っていた。
「……よく来たな」
謁見の間で私を迎えたのは、噂の辺境伯、ヴィクトル様だった。
銀色の髪に、氷河のような青い瞳。背は高く骨格も逞しいのだが……とにかく、痩せている。頬はこけ、目の下には濃い隈があり、顔色は雪のように白い。
彼だけではない。控えている騎士たちや使用人たちも皆、どこかやつれていて、覇気がない。噂通り、食糧事情は相当深刻なようだ。
「君が、王都から来た新しい妻か。……すまないな、こんな何もない場所へ」
ヴィクトル様は自虐的に笑った。
「見ての通りだ。この土地は痩せている。魔物の襲撃も多く、補給線もしばしば途絶える。……君に満足な食事を与えられるか、約束できない」
なんて誠実な方だろう。
初対面の、しかも厄介払いされた私に対して、嘘偽りなく現状を話してくださるなんて。ジュリアン様とは大違いだ。
「いいえ、閣下。屋根と壁があるだけで十分です。……あの、早速ですが」
私は彼のお腹の虫が「グゥ〜」と鳴ったのを聞き逃さなかった。
「厨房をお借りしてもよろしいでしょうか? まずは皆様に、何か温かいものを差し上げたいのです」
「……厨房? 構わないが、食材はほとんど残っていないぞ。硬い黒パンと、干し肉くらいしか」
「十分です。ご案内ください」
◇
厨房に入った私は、目を疑った。
確かに食材庫は寂しいものだったが、それ以上に衝撃的だったのは……「ゴミ箱」の中身だ。
「ちょ、ちょっと待ってください! これは何ですか!?」
私が叫ぶと、案内してくれた料理長(強面のおじいさん)がビクッとした。
「な、なんだ。それは廃棄する野菜くずと、出汁ガラになった肉の骨だが……」
「もったいない!!」
私はゴミ箱をひっくり返しそうになる勢いで駆け寄った。
そこには、大根や人参の皮、キャベツの芯、セロリの葉、そして骨周りにまだ肉が残っている鶏ガラなどが、大量に捨てられていたのだ。
「こ、これはまだ食べられます! いえ、ここが一番美味しいところなんです!」
「はぁ? 奥方様、何を言って……こんな硬いところ、食えませんよ」
「調理法次第です! それに、この干からびたパン! 捨てようとしてましたね!?」
「い、いや、カチカチで歯が立たないので……」
「水で戻して調理すれば、立派なご馳走になります! ……貸してください。私がやります!」
私の「始末料理人」としての魂に火がついた。
食糧難? 違う。これは「食材の使い方がもったいない」だけだ!
私はエプロンを締め、髪を束ねた。
まずは、野菜の皮や芯を細かく刻む。これらをじっくりと油で炒め、甘みを引き出す。
そこへ、骨に残った肉をこそげ落としたミンチを投入。さらに、鶏ガラを叩き割って煮込み、濃厚な白湯スープを作る。
カチカチの黒パンは、一口大に切ってスープに浸し、卵とミルクで溶いて、オーブンへ。
一時間後。
厨房から漂う、暴力的なまでに食欲をそそる香りに、城中の人間が集まってきた。
「な、なんだこの匂いは……!?」
「肉か? 肉を焼いているのか!?」
「パンの焼ける甘い香りが……!」
騎士たちが、ゾンビのようにふらふらと厨房へ吸い寄せられてくる。その先頭には、ヴィクトル様もいた。
「……シャルロット。これは、一体……?」
「お待たせしました。本日の夕食です」
私がテーブルに並べたのは、以下のメニューだ。
・『野菜の皮とくず肉のドライカレー』
・『鶏ガラの濃厚白湯スープ』
・『黒パンのフレンチトースト風グラタン』
・『セロリの葉とキャベツ芯の即席ピクルス』
見た目は茶色っぽいけれど、香りは一級品だ。
「こ、これが……捨てようとしていたクズ野菜とパンなのか……?」
料理長が震える手でスプーンを持つ。
ヴィクトル様も、ゴクリと喉を鳴らして席についた。
「……いただきます」
彼がドライカレーを一口食べた、その瞬間。
カッ! とアイスブルーの瞳が見開かれた。
「…………ッ!!」
言葉はなかった。
彼は猛烈な勢いでスプーンを動かし始めた。
咀嚼するたびに、野菜の甘みと肉の旨味、そしてスパイスの香りが口いっぱいに広がる。皮の歯ごたえが心地よいアクセントになり、止まらない。
「う、うまい……! なんだこれは、深い……味が濃い!」
騎士たちも次々と料理に食らいつく。
「スープが……! 骨の髄まで染み渡るようだ……!」
「このパン、トロトロだぞ! あの石みたいに硬かった黒パンが、なんでこんなに甘くて柔らかいんだ!?」
「ピクルスがいい仕事してる! 芯なのに、なんでこんなにシャキシャキで美味いんだ!」
食堂は、感嘆の声と、咀嚼音だけの空間になった。
皆、無言で、涙を流しながら食べている。本当に、お腹が空いていたのだろう。そして、温かい食事に飢えていたのだ。
大鍋いっぱいに作った料理は、あっという間に空っぽになった。
「……ふぅ」
ヴィクトル様が、満足げに息を吐いた。
その顔色は、最初会った時のような青白さはなく、血色が戻り、瞳には力が宿っている。
「シャルロット。……魔法を使ったのか?」
「いいえ。ただの『始末の知恵』です。食材は、命ですもの。余すところなくいただくのが、礼儀であり、一番美味しい食べ方なんです」
私が微笑むと、ヴィクトル様は立ち上がり、私の手を取った。
その手は、温かかった。
「……感動した。俺たちは今まで、『食うものがない』と嘆きながら、足元の宝の山を捨てていたのだな」
彼は私の手を両手で包み込み、深く頭を下げた。
「ありがとう、シャルロット。君は……この北の台所を救った女神だ」
「女神だ! 食の女神様だ!」
「俺たち、一生ついていきます!」
騎士たちが歓声を上げる。
私は顔を赤くしながらも、久しぶりに自分の料理を「美味しい」と言ってもらえたことに、胸が熱くなった。
◇
それからの生活は、劇的に改善した。
私は厨房の全権を任され、食材の管理とメニュー作成を行った。
捨てられていた魚のアラで出汁を取り、硬い筋肉は長時間煮込んでシチューに。森で採れる雑草だと思われていた山菜やキノコも、図鑑片手に採取して食卓へ。
食費が以前の半分以下になったのに、食事の満足度と栄養価は跳ね上がった。
騎士たちの体格は目に見えて良くなり、訓練の活気も段違いだ。
そして何より、ヴィクトル様が……。
「シャルロット、あーん」
「ヴィクトル様……自分で食べられますよね?」
「嫌だ。君が食べさせてくれないと、栄養が吸収されない気がする」
執務室で、私が作った『おからクッキー(食物繊維たっぷり)』を差し出すと、彼は甘えた声で口を開ける。
かつての「冷徹な辺境伯」の面影はどこへやら。今の彼は、私にべったりの大型犬だ。
「君の料理を食べ始めてから、調子がすこぶるいい。魔力の巡りも良くなったし、夜もよく眠れる」
彼は私を膝の上に乗せ、腰に手を回す。
「君は俺の胃袋だけでなく、心まで掴んでしまったようだ。……責任、取ってくれるだろう?」
「責任って……」
「一生、俺専属の料理番……いや、最愛の妻として、俺の隣にいてくれ」
真剣な眼差しで見つめられ、私は顔が沸騰しそうになる。
ジュリアン様には「貧乏くさい」と捨てられた私の料理。でも、この人はそれを「宝物」だと言ってくれる。それが何よりも嬉しくて、誇らしくて。
「……はい。粗食ばかりになりますけど、覚悟してくださいね?」
「望むところだ。君との粗食は、王宮の晩餐よりも価値がある」
彼が私の唇にキスを落とすと、厨房の方から騎士たちの「ヒューヒュー!」という冷やかしが聞こえてきた。
◇
一方、その頃。
私を追い出したジュリアン様の実家、子爵邸では。
「痛い……足の親指が……痛い……!」
ジュリアン様はベッドの上で悶絶していた。診断名は『痛風』。
ミランダさんが持ち込んだフォアグラ、キャビア、霜降り肉、高級ワイン……。毎晩のようにそれらを暴飲暴食し、野菜を一切摂らなかった結果、尿酸値が爆発したのだ。
「ミランダ! なんとかしてくれ! 体にいい食事を……!」
「知りませんわよ! 私は美味しいものしか作れませんの!」
ミランダさんもまた、肌荒れと体重増加に悩み、ヒステリーを起こしていた。さらに、高級食材の乱費により、家計は破綻寸前。借金取りが屋敷を取り囲んでいる。
「くそっ……! シャルロットがいれば……! あいつの作る『貧乏くさい料理』が、俺の健康を支えていたのか……!」
ジュリアン様はようやく気づいたのだ。華やかさの裏にある、地味だが確かな「基盤」の大切さを。
「シャルロットを連れ戻せ! あいつに、野菜スープを作らせろ!」
ジュリアン様は痛む足を引きずり、なけなしの金をはたいて馬車を雇い、北へと向かった。
◇
オルガ辺境伯領の城門前。
やつれ果て、杖をついたジュリアン様が立っていた。
「シャルロット! 出てこい! 俺が悪かった! 戻ってきてくれ!」
私はヴィクトル様と一緒に、城壁の上からその様子を見下ろした。
「……誰だ、あの不審者は」
「元婚約者のジュリアン様です。……顔色が土気色ですね。肝臓も弱っているようです」
私の診断を聞き、ヴィクトル様は冷ややかに鼻を鳴らした。
「自業自得だな。……だが、私の大切な妻を呼び捨てにするとは、許しがたい」
ヴィクトル様が手を上げると、城門が開き、屈強な騎士たちが現れた。
彼らは皆、私の料理でパンプアップされた、ムキムキの精鋭たちだ。肌艶も良く、活力に満ち溢れている。
「ひぃっ!? な、なんだこの暑苦しい集団は!?」
「我らが『食の女神』シャルロット様を侮辱する者は、許さん!」
「帰れ! さもなくば、この『大根の葉っぱ入り滋養スープ』の力を見せてやる!」
騎士たちの迫力に、ジュリアン様は腰を抜かした。
「シャルロット! 頼む、一口だけでいいんだ! あの野菜スープを……!」
「お断りします」
私は拡声の魔道具を使って告げた。
「私の料理は、それを『美味しい』と食べてくれる家族や仲間のためのものです。……食べ物を粗末にし、健康を顧みない方には、差し上げるものはありません」
「そ、そんなぁぁぁ!」
「消えろ。二度と我が領土に足を踏み入れるな」
ヴィクトル様がドスの効いた声で告げると、騎士たちが一斉に抜刀した。
ジュリアン様は「痛いぃぃ! 足がぁぁ!」と悲鳴を上げながら、這々の体で逃げ出していった。
その後、彼の子爵家は破産し、ミランダさんにも逃げられ、今は病院のベッドで薄いお粥をすする日々だそうだ。
◇
「……ふふっ。いい気味ですね」
私が呟くと、ヴィクトル様が後ろから抱きしめてくれた。
「シャルロット。今日の夕食は何だ?」
「今日は、騎士たちが狩ってきてくれた猪肉のハンバーグです。つなぎには、おからとレンコンの皮を使っています」
「最高だ。……早く帰ろう。君のご飯が待ちきれない」
私たちは手を繋ぎ、温かい香りのする厨房へと戻っていった。
野菜の皮も、魚の骨も、硬いパンも。
愛と工夫があれば、最高の御馳走になる。
そして、一度は捨てられた私も、この場所で最高の幸せを見つけた。
「いただきます!」
今日も食卓には、笑顔と「美味しい」の声が響き渡る。
私たちの人生は、これからもずっと、旨味たっぷりの「満腹」で満たされていくことだろう。
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