第十一話
話の流れから分かる通りにマムシはすぐに敵国のものによって命を落としてしまった。彼の敗因となったのはいくつかの理由があるが確実なのは感情の異様なまでの高ぶりだろう。頬を赤めた彼の瞳に映るのは確かに生物であったがマムシの捉える生物という意味合いでは敵国の兵士は今までの知識をふんだんに活用できるいいいわば格好の実験対象でしかなかった。そういった捉え方をしたのがまずかったのだ。
パン、と一つ、音がすればマムシの誤りはすぐに彼自身で理解できた。
「おぉ、遠距離だけじゃなくて近距離でも使えるとはいい武器だな」
視界が半分地面だけになると敵国の兵士はもう一度風穴をマムシに開けた。
「さっきは俺をいかにもそういう目で見てきたが、やっぱりダングライのやつらはイカれた連中しかいないのか……さすがはバラバラな民族国家だナ」
(バラバラな民族国家……)
バラバラな民族国家とはダングライの国民を差別的な意味で揶揄うための言葉である。本来、ダングライの国民たちはその名の通り民族国家である。しかし、ダングライの特徴である『解体』に対しての過剰なこだわりとその過剰さから日常会話が成り立たないほどの語彙力のなさを目撃した数前年前の異国人によってダングライがまとまりのない国家だと判断した結果がバラバラな民族国家と名付けられた背景である。
「そうだ、まだ息の根があるのならこれを試しておきたいんだった」
敵国の兵士は一つの黒い四角い物体を手に取り、敵国の言葉をその箱に吹き込んだ。
『見たところ歳はまだ成人を迎えたばかりといったところですか』
薄れゆく視界と思考に耐えながらもマムシは目を見開いてダングライの言葉を黒い箱からするすると耳に伝わるのを見つめた。
『やぱり伝わるみたいですね。これは翻訳機と言ってさまざまな言語をその名の通り翻訳してくれる優れものでして』
翻訳のせいなのか。口調が敵国の兵士だとは思えないほどスラスラと敬語が出ている。
『そうそう、あなたに最期聞きたかったんですよ。ぜひ我が国の研究材料としてきちんと答えてもらいたく思います』
敵国の兵士はマムシに緑色の液体を飲ませる。
(うぐっ)
あまりの苦さにマムシは吐き出しそうになるも敵国の兵士に止められる。
『これは死体に真実を喋らせる魔法の道具でして。脳みそが壊れてなければ誰でも使用可能なんです。これも我が国の研究の成果なんです。どうです? すごいでしょう?』
そこからは空気が変わった。貴重な十分ということもあってか敵国の兵士の顔は別人のように真剣な顔つきだった。
『正直バラバラな民族は実際どうでもいんです。でも本命は違う』
敵国の兵士はマムシの体温計を丁寧に奪った。きっと人を襲う用か解体用なのだろう、鋭い針が先端についているように敵国の兵士は考える。指先をちょこんとさわれば赤い粒が次から次へと溢れ出てくる。
本来なら赤と鉄色の針であったのならお裁縫に失敗した女性を連想させるのだろう。しかし、針はない。見えない。透明なのだ。比喩でもなんでもない。物理的に見えないのだ。ランプの光を頼りに光の屈折を用いてみればそれがよくわかる。今度は敵国の兵士が顔を赤らめた。
『ようやくみつけました。あの霧に隠れた国でしか採掘できない伝説の鉱石を。あぁ、実に長かった。これがあればもっと研究ができます』
翻訳機がそのまま起動しているせいだろう。敵国の兵士の喋る翻訳機にかけられていないありのままの言葉はもっと何か心の底から叫んでいるようにしか聞こえない。
『つまり、あなたの留学先はあの国で間違いなし……』
マムシは嫌な予感がしてきゅっと目を瞑るが残り時間はたっぷりとあるのだろう。いかにも生命の維持がされているようだ。
『さぁ、ネフェルガストについて話しなさい』
そして場面は今のハルケと敵国の兵士の対面へと変わるのだった。満足そうに情報を得ることができたであろう兵士の顔の歪み具合は使い捨ての塵紙と同等だった。炎の勢いが増す目の前のそれに敵国の兵士はさらに震える。
兵士の目からはハルケが物怪ののようにしか映らなかったのだ。恐怖、という感情なのか兵士の体が自然と小刻みに震えた。
「うわぁあっ」
(叫び声は世界共通なのか)
ハルケが新しい知識が一つ増えたとその場で少し喜べばまた炎は一回り大きくなり、代わりに兵士が自信の持っていた上着代わりだったのであろう布切れをハルケに投げた。ハルケが布の繊維の網目が見えるのを合図にぱさりと布は砂埃を一つ立ててハルケの体をすり抜けた。
(……すり抜けた?)
ハルケも兵士もきっと同じことを考えているのだろう。布が気まずそうに地面に落ちている。ハルケも魚を焼いたり水を沸かすことくらいもできた人間であったため布が燃えるか燃えないかの物体の性質は十分に知っている。おそらく兵士のこの男も家庭を持っている、あるいは独身であったとしても火の性質、布の性質なぞいちいち説明しなくても常識として知っているはずだ。
その常識が常識ではなくなったことを目の当たりにした瞬間兵士は何を思ったのかハルケにありったけの水筒の中の水を浴びさせた。
空中に綺麗で、透明で、ガラスよりも輝いていた、光の集合体をちらばせた。
はじめにハルケは「飲み物」と判断すれば火に触れたあたりで「飲み水」だと認識した。
(のめる水だ)
港町で暮らしていたせいか今でも鮮明に思い出すのは塩くさい海のそばの井戸から取れる泥水だ。泥をトモルに取り除いてもらってから初めて飲む水はとても清潔で美しいという表現ができるものではない。
だが今ハルケの目の前の粒達はハルケが山で山菜を取ると偶に発見できる小川の湧き水と同じ色をしていた。それで喉を潤した後はしばらくはその水を求めて何度も違う道を彷徨い続けていた記憶も蘇る。これは果たしてハルケがいくつの時だったか。
「あ……」
ハルケは火が水とどんな関係なのかを深く考えるのをやめた。それよりも食にも飢え、喉を潤せなかった記憶をどうにかして上書きしようと自身の炎で口の形のように綺麗な円弧を赤色で作れば水を身体中に浴びた。
兵士はしめた、と思ったのであろう。口角が上がっている。
しかし、期待は裏切られハルケはピンピンと角を立てたかのように燃え上がり続けていた。
(冷たかった)
体があるわけではないのに理由は不明だがハルケに感覚が戻った。
食後に飲む水のように喉を冷やすような、そんな感覚だ。
ぼっ、とまた一回り大きくなる。
「水をかけたのに、鎮火するどころか、それの二倍の大きさになっただと……?」
(この水の量であればたとえ物怪であったとしてもあの火の大きさを鎮火させることはできたはず)
「ヒィ、ヒ、ぁ」
恐怖。この二文字が彼の感情を表してくれる文字であったらどんなに良かったことであろうか。
彼は敵国の兵士であるながらにして一人の研究者であった。つまりは研究者特有の人一倍の好奇心は何かに注いできたはずである。
「今日はいい研究材料がいっぱい揃っているなぁ」
新しい武器の性能。
ダングライ出身の青年の留学先。
ネフェルガストの希少な鉱石。
そして、消えない火。
「この世に解明されない謎なんてないんだよ」
兵士はマムシの体から装飾品を無理やり引っ張るように取るとマムシから流れる血の色などどうでも良さそうに彼らの体を投げ捨てて、ハルケに近づいた。
ハルケはまだ水を飲めたことへの感激さから帰ってきていない。
(これを上司の元へ持っていけばさらに研究が続く)
兵士の頭によぎるのは研究途中の莫大なエネルギーを必要とした発明品の数々。
(あれもこれもこの消えない火が手に入れば一度に大量のエネルギーを作ることにつながるかもしれない)
使えるものはなんでも使う。兵士は口を三日月に歪ませると足元に散らばっているガラスの破片と溶けた痕跡に気づくと、すぐにハルケがガラスの中に元々はいた事実に辿り着いた。兵士の脳裏にはカンテラを持つ他国の兵士の姿。兵士はいそいそとテントの中からカンテラの代わりを持ってきてはハルケの目の前にカンテラを置いた。そして誘導するように木の棒をハルケの目の前でハルケを突くようにしてはハルケの体の一部をカンテラに閉じ込めようと試みるのだった。
しかし、当然意志のある火は思ったようには動いてくれなかった。
(うわっ、何、この人)
ハルケのことをただの火としか認識できない可哀想な人ではない何かにハルケはただただ腹を立てた。ハルケは避けるように後ろに下がる。
「逃すか」
今度は兵士が乱暴にカンテラを上から下へとハルケを閉じ込めるように、檻にしまい込むかのように乱暴にした。それがハルケには気に入らなかった。
ハレケが連想したのは乱暴化した熊を檻に閉じ込める図である。
(こいつは俺を獣扱いしたいのか……?)
ただでさえ醜い獣以下の、人間んでもない奴に?
ハルケは現在火であるがもとの体は人間であるのだから自身を人間だと名乗っても問題ないと考えていた。それにまだ人として、体は彼方に保管されているし、心もある。子供ではあるが多少の生死とやらも持ち合わせている。君主に対してはまだ信仰心という信仰心が芽の状態のままではあるが立派であろう。目の前の醜い顔をした生物よりかはましであるほうだ。
ぼっ、と体が一回りさらに大きくなるとカンテラは安易に溶けた。
呆然とする顔に小皺が所どこにある成人済みの男を見てハルケはなんだかおかしくなった。
(こいつ、大人なのに予期せぬことがあると何もできないのか)
ハルケは横目で横たわる四つの死体を見た。
穴が空いている。ただそれだけだった。
(よし、ここから逃げよう)
ハルケは思う。よくよく考えればここにいるハルケ以外の人間、または生物はハルケにとっては無関係なものだらけなのだ。対して話をしていなければいきなり獣扱いをしてくる奴らばかりなのである。それに『戦う』などと無駄なことをして赤い液体を水よりもうまそうに飲むような奴らばかりだ。
(面倒ごとになれば俺の生存率も下がるし、何よりもこれ以上ここにいたら山火事にでもしてしまいそうだ)
ハルケの苛立ちが止まることなければこのままハルケの体はさらに大きくなることだろう。
ただ、一つ、ハルケの中に一つだけ引っかかることがあった。
(あいつらの死体を見ても何も思わなかったなぁ……)
ハルケは兵士の男をそう考えながら距離を置こうとする。
兵士は興奮によりさらに顔を真っ赤にさせている。
「獣はとことん獣のままってか、気持ち悪いねェ」
兵士の背後から声が下。風穴がひゅうひゅうとなっているではないか。良い人間楽器と化した彼にに何ができるのか、ハルケには到底理解もできないし、なぜ立ち上がれるかの理由さえわからない。子供だからわからないのだろうかと自分に問うも年齢は関係ないとの答えが冷静と出た。
「お、おまえ」
翻訳機なしの声が聞こえたからか、それともハルケという珍しいものを見つけての興奮を声色に隠せないのを直接聞いたからか、彼はにんまりと笑った。
「ジャ、じゃーん、生きて、まース」
風がふくと彼、もといマムシがむせると血が風穴から出るも彼は顔色ひとつ変えない。
そんな彼を見てハルケは生きている、と喜ぶのではなくこの不可解な彼の生存の理由がなんとなく理解できてしまった状況に困惑した。
マムシは兵士の黒い箱を指差すと兵士は翻訳機を使用した。
マムシがハルケにわからない言語で話しかける。
『死体の扱いもしらねぇで、死体の金品まで奪ってんじゃねぇよ。それがおまえらゾークハイムのやり方か?』
ブハッとマムシが噴き出す。
『俺が死体の扱い、実践しながらよぉく教えてやるぜ?』
マムシの両手にはあの体温計が握られていた。




